１ 　待ち伏せ /　 ２　人外魔境の始まり /　 ３ 　侵入者 /　 ４　真祖ふたり /　５　少女たち


４　真祖ふたり


　イリーナに口を塞がれ、栄菜はもがもがと不満を訴えた。
「全く。おとなしくしているかと思ったら、急に叫ぶなんてね」
　栄菜の右腕から血が滴り落ちている。彼女が叫んだ直後、イリーナの爪が少女のまだ柔らかく瑞々しい肌を、容赦なく切り裂いたのだ。
　時折激痛に顔を歪ませながらも、栄菜は依然として不満を訴え続けている。
　イリーナは実に楽し気に彼女を覗き込んだ。
　まだあどけなさの残る少女の目には、不満はあっても、怒りも憎しみも、そして恐怖も無かった。
（１５、６の小娘にしては実に上出来ね）
　口を塞いだまま床に座らせ、イリーナもまた栄菜の隣に腰を下ろす。身をかがめ傷口に唇を寄せてから、ぺろりとなめた。栄菜の腕を苛んでいた痛みが一瞬和らぐ。
「あらあら、レイゼルドはあなたに一体何をしたのかしら」
　意味深に呟いてから、イリーナは塞いでいた手を外し立ち上った。
「それにしても、せっかく脅したのにあんな大声で叫ぶなんて……ちょっと面白かったわよ。でも無謀すぎるわね」
「だっておねえさんは、あたしがれいちゃん呼ぶの待ってたじゃないか」
　真顔になったイリーナにもかまわず、栄菜は続けた。
「すーちゃんを追い出して、しろちゃんには手を出させないようにして……それでもあたしが脅えないから、実力行使に出たんでしょ」
「まあ。憶測でものをしゃべるのはよくないわよ」
「憶測なんかじゃないよ。おねえさんはあたしが呼んで、れいちゃんが来るか見たかったんだ。だから、部屋に入ってきたときあたしを眠らすなり、動けなくするなり出来たのにそうしなかった。でもね、おねえさん。こんな怪我したら大声で叫ぶなんて中々出来ないよ」
　だから栄菜は、爪が腕を切り裂く前に叫んだのだった。
　イリーナは降参とでも言いたげに両手を上げた。
　事実、栄菜の声は小さく、弱々しい。それでいてこげ茶色の瞳だけは、不思議なほど真っすぐと相手を見つめているのだ。
　イリーナの目がすうと細まった。形のいい真っ赤な唇から、ぬめった舌がちろちろと覗く。
「わたし、あなたみたいな子、とても好きよ。食べちゃいたいくらい」
「おや、あなたは少女よりは少年の方を好んでいたはずでしたが」
　栄菜は反射的に声のした方へ顔を向けた。
　目の前に立ちはだかる背の高い女の後方に、開いたドアが見える。戸口に男がもたれていた。すらりとした長身と声ですぐ彼であると分かったが、眼鏡を外しているせいか、やや印象が違って見える。
　金髪美女は振り向き、うふふと声に出して笑った。
「心外だわ。わたしは美味しければ年齢性別は問わないわよ」
　栄菜は考える顔になった。女は今、初めて声に出してしゃべった。だがそれは非常に早口の英語だったのだ。何より英語の苦手な栄菜にとって、簡単な単語は幾つか聞き取れても内容までは分かるはずもない。レイゼルドもそれをよく知っているのか、同じようにイギリス英語で答えている。
「それで今はこんな男を飼っているのですか？」
　レイゼルドが廊下の方にちらりと目をやる。彼の視線の先にはシャツをずたずたにされた男が立っていた。
　彼にならって視線を動かした栄菜は、反射的に顔を背けた。
（またハダカだ！　人の家に勝手に入ってくるにも、もう少し服装を考えてよ）
　心の内で悪態をつきながらも、ふうと息をつく。血はまだ流れている。本当は彼らの会話に割って入りたかったが、声を出すのも億劫になってきた。
　栄菜からレイゼルドへと関心を移したイリーナは、大仰な動作で口元に手を当てている。
「まあ、よくそんなことが言えるわね。あなただってこんな子を飼っているじゃない」
　レイゼルドの目が剣呑な光を宿した。
「驚いたわよ。このいい香り……間違いなく処女で、無垢で、肌だってやわらかい…
…。その上、こんな薬臭くない血はこの国では中々貴重だわ」
「彼女を傷つけたのはそういう理由からですか」
「だっていくら処女の匂いでも、あんないい香りはそうそうないんですもの。味を確かめてみたくなるのが道理でしょう。あなただって半分はそのためにこんな所にいるんじゃないの？」
　レイゼルドは音もなく歩を進めた。
「残念ながら、処女になってからは、まだじっくり味わったことがありませんのでね」
　女は首をすくめて道を開けた。
「怒らなくてもいいでしょう。どうせあんな傷、治すことなんていくらでも出来るのだから」
　彼は脇に避けた女など目にも入っていないように、少女の前に膝をつく。右腕の肘から下に10センチを越える傷がある。丁度内側の柔らかい部分なせいか、見るのも痛々しいほど傷は大きな口を開けていた。
「あたしのこと、忘れているのかと思ったよ」
　栄菜は少しばかり非難を込めて言ったのだが、レイゼルドは目を細めただけだった。
「８割方覚えていましたよ」
　口調に笑いを含んだきれいな日本語だった。
　栄菜は少し居心地が悪くなった。
（そんなに上機嫌にならなくてもなあ）
　レイゼルドは身をかがめ、傷口に唇を寄せた。
「そうですね。機会を作ってくれたあなたには感謝すべきでしょうね」
　低く呟いた言葉は英語ではなく、栄菜が全く耳にしたことのない言葉である。ただイリーナには通じたようで、腕を組み顎を反らす。
「本当は貸しにしたいけれど」
　こちらは英語で応える。
　レイゼルドは無言のまま傷口に口を付けた。
　栄菜はふうと息をつく。痛みが嘘のように引いてゆく。劇的なまでに苦痛が取り除かれ、代わりにふわふわとした気持ち良さが訪れ心地よい。ぬめぬめとしたものが腕を這い回るというのは、いささか頂けない部分もあるが、人間、苦痛が消えるなら多少くすぐったかろうが我慢出来るものなのだと栄菜は再確認する。
　栄菜は目をごしごしとこすった。だんだん瞼が重くなってゆく。睡魔に耐え切れず傾いた体を、大きな腕が支えたが、彼女はそれにも気づかず意識を手放した。
「何て、寝付きのいい子かしら」
　呆れた声も、既に眠りに落ちた栄菜の耳には届かなかった。吸血鬼が腕に口を付けたままだというのに、安らかな寝息を立てている少女に、イリーナはふんと鼻を鳴らす。
　栄菜が眠りに落ちたのを見計らったように傷口からいったん唇を離すと、レイゼルドは完全に寝入ってしまった少女を床に横たえた。もう一度身をかがめながら、自身の右の手のひらを上部に向ける。吸血鬼の手が淡い光に包まれたその直後、信じ難いことが起こった。
　床に落ち、絨毯を染めた栄菜の血が、ゆっくりと浮き上がっていくのだ。一度は凝固したはずだが、それは鮮やかさと瑞々しさを取り戻し、次々と小さな滴となっては宙に浮かび上がってゆく。
　赤い液体だったものは無数の滴となり、渦を描くように空を飛んで、彼の手のひらの上を目指す。やがて集結したそれは、深紅の球体を作り始めた。
「うちのマスターからおばさんにってさ」
　10歳前後の少年がいつのまにか現れ、イリーナに一升瓶を差し出した。中ではとろりとした液体が揺れている。受け取った瓶をしげしげと眺めてから、彼女はため息を吐いた。
「このボトル、変な形ね。移し替えなきゃいけないわ。それから、ぼうや。君は口のきき方に十分気を付けた方がいいわよ。……わたしは君のマスターと同じ、真祖なんだから」
　小馬鹿にしたような態度をとっていた少年は、みるみるうちに青ざめた。その場に両手両膝をつき頭を低く下げる。暫時の後、彼の姿は急激にぼやけてゆき、代わりに灰色の狼が忽然と現れた。
　狼は、まるで許しを請うように伏せると、『食事』を再開した主人に向かって、救いを求めるような視線を投げかけた。
「真祖と普通の奴らの区別くらいつくようにしなくてわね」
　イリーナは説教をしながらも嬉しそうだ。一升瓶の中で重く揺れる液体をうっとりと眺めている。
「ユキヒサ、あなたこんなに出血するような戦い方では、遠からず灰になっちゃうわよ」　
　イリーナが投げかけた言葉の先には、戸口に立つ久我の姿があった。
　白いシャツはずたずただが、どこにも赤い染みはない。久我は憮然とした。この女のことだ。最初からこれを見越して、戦わせた可能性は十分すぎるほど高い。
「下僕の血なんて飲めたものじゃないけど、これは大事にとっておきましょう」
　楽しそうに瓶を抱きしめるイリーナを渋面の久我が見つめる。
「喜んで頂けたようで光栄ですよ」
　レイゼルドは唇の端を片手で拭いながら立ち上がった。
　ぱたぱたと羽音がする。器用にも両足で小瓶を掴んだ烏が飛んできて、彼の手前でホバリングした。
　レイゼルドは烏から小瓶を受け取り、栓を抜いて右手の深紅の球体をその中に流し込んだ。
「イリーナ、あれほどいた下僕はどうしました？」
　小瓶の中で揺れる液体は凝固する気配も見せない。
「うふふ。今はユキヒサだけよ。彼すてきでしょう。50年とちょっと前に、シベリアで拾ったの」
「拾いものにしては、上出来ですね」
「あなただっていいものを抱え込んでいるじゃない。彼女の食生活の管理はあなたがしてるのでしょう。すぐ分かったわ。現代人にしては薬品の味がほとんどしないもの」
　栄菜は出来合いの総菜を含め、コンビニ弁当やレトルト食品すらほとんど食べたことがない。無添加無農薬の食事は全てレイゼルドが作り、お菓子の類いまでも彼自らが焼いた。
「不味くてはいろいろと不都合がありますから」
　イリーナは表情を改めた。
「悪いけど結界を張らせてもらうわよ」
　二人の真祖の周囲に形も色も無い『壁』が生まれる。
「これで盗み聞きされる心配はなくなったわね。……率直に聞くけど、あなた、力の大半をあの小娘に奪われたって本当なの？」
　イリーナは目の前の男を食い入るように見つめた。少しの表情の変化も見逃さないためにだ。
「面白い推察ですね」
「とぼけないで。それにあなた、あの子に少しずつ自分の血を与えているわね。ごく僅かだけどあなたの味がしたわ。一体何を考えているの？」
　生きた人間に血を与えることは、彼女たちの常識からすれば極めて稀なことである。あくまでも吸血行為の果てに死に至った人間でなければ、血を与えても眷属に迎え入れることなど出来はしないからだ。
　無駄なことを嫌うレイゼルドが、生きた人間に、それも、どう見ても眷属に引き入れる価値の見いだせないような小娘に、己の血を与えている。
　その真意が、イリーナには測りかねた。
「何も。あなたの思い過ごしですよ」
　相変わらず掴み所のない口調と台詞に、彼女は珍しく感情を露にした。
「はっきり言うわ。《始めに終わりをもたらす者たち》の一人から、わたしはあなたに関する色々な噂を聞いたのよ」
　レイゼルドは胸ポケットから眼鏡を取り出し、緩慢な動作でかけた。
「あなたが復活したって、最初彼ら大喜びしてたわ。再びあなたを王に据えて活動を再開する気でいたみたい」
「彼らは徒党を組むのが大好きですから。その上、己の都合に合わせて他人の力を借り、平気で他者を蹴落とし、自分が高みに上るためならどんな方法も厭わない」
　口調に若干の刺が交じる。イリーナは苛立ちも一瞬忘れて首をかしげた。仮にもかつての仲間ではあるが、レイゼルドの性格上、気に入らなければ即、役立たずの烙印を押すことは珍しくもない。だが、彼らの性根についてまで語るとなれば話は別だ。
「私はね、イリーナ。彼らに利用価値があったから、あの馬鹿げた集まりの主となっただけなのですよ」
　イリーナは戦慄した。つい今し方まで距離があったはずが、何時の間にか至近距離にレイゼルドが居た。
　しかもそのまま、レイゼルドはイリーナの細い首に手を伸ばす。
「だがあの時も彼らは私に気に入られたいが為に潰し合い、結局自滅した」
　冷たい手が喉元に触れ、そのままゆっくりと愛撫する。動脈の位置でも探っているのだろう。
　イリーナは身を堅くした。息がかかるほどすぐ近くにある男の顔から急いで視線を逸らす。
「もう、うんざりしているのです」
　男の腕が彼女のくびれた腰を抱く。
　イリーナは唇をきつく噛んだ。体が痺れたように動かない。眼鏡をかけているからと油断したのがいけなかった。
（何て忌ま忌ましい目かしら）
　真祖の中でもこの男の力がずば抜けていることは承知していた。その瞳の持つ拘束力もだ。だが、眉唾だとは思っていても、力が半減したと聞けばどうしても侮ってしまうし、あのような人間の小娘と、例え表面上だけでも仲良く暮らしているという事実を知れば尚更だ。
　しかしながら、半端ではない魅了の力は少しも衰えたところなどなく、久我との戦いも全く一方的だったようだ。
（噂を鵜呑みにしたわたしが馬鹿だったわね）
　冷やりとした息が喉にかかる。かつてこの男が、真祖のうち幾人かを吸血行為の果てに支配下においたと耳にしたことがある。まるで従僕のようにレイゼルドの命令に従ったその真祖たちは、まさに彼の下僕と変していたに違いない。
（単なる噂だと思っていたけど）
　それが事実ならば、イリーナは今、かなり危険な状態にあるということだ。
　先程まで所在なさげであった狼が、再び少年の姿に変わり、ざまあみろと言わんばかりにニヤついている。
　真祖とただの吸血鬼では、この世に『存在する経緯』からして異なる。真祖が同じ真祖を咬んで下僕にするなど本来ならばあり得ないはずだが、この男にはそんな眷属内での一般常識など通用しないのだと、イリーナは改めて痛感した。
（油断したわ……）
　主人がレイゼルドの腕の中にあるというのに、しもべである久我は慌てる風もなく、無表情のまま突っ立っている。イリーナは体の自由を奪われているというのに、大声をあげて笑いたくなった。
（あなたのそういう所が本当に楽しいわ）
　意識までが自由を失ってゆく。混濁し、目も開けていられなくなってきた。イリーナは息を吐き、誰かのしもべになってみるのも中々面白いかもしれないとすら、かすかに思った。
　その時だった。
「ううーん」
　突然静まり返った室内に、眠気を含んだ声が響いた。横たわったままの少女がころんと寝返りを打つ。
　イリーナは、はっと我に返った。霞みがかった意識が鮮明さを取り戻す。レイゼルドは腕をほどき音もなく離れた。
「……やめておきましょう。あなたの方こそ随分力を失ったようですね。これではお話しにならない」
　イリーナはちらりと久我を横目で見やったが、しもべであるはずの彼は主人の危機が去ったことに安堵する気配も見せなかった。
「さて、イリーナ。あなたにあんな面白いことを吹き込んだのは誰ですか」
「……素直に言った方が賢い選択のようね」
　イリーナの告げた名前は、レイゼルドのお気に召さなかったようだ。
「恐らくそうだとは思っていましたが」　
　呟いた言葉が日本語であったため、イリーナは彼が何を言ったのか分からなかった。だが、もうそんなことは彼女にはどうでもいいことだった。
『レイゼルドが人間の小娘に力を奪われ、支配下に置かれているらしい』
　つくづく馬鹿げていた。
　結局噂は噂の域を越えることは無かったのだから。
　イリーナは無表情な久我を連れて部屋を出た。使い魔のうち、狼と眠りから覚めた蝙蝠は、何もせず帰すことに同意し難いようだったが、やはりマスターの手前、手だしすることはなかった。
「イリーナ」
　呼びかけられ、足を止める。レイゼルドはもう既に、何事も無かったかのように、あの偽善的なほほ笑みを浮かべていた。
「すみませんが、階下がめちゃくちゃになってしまったので、後片付けをしておいてくださいね」
　烏が嬉しそうに飛び回っている。普段は使い魔である彼らの仕事なのだろう。
　イリーナは大きくため息を吐いてから、
「分かったわ」と片手を上げて扉を閉めた。

　レイゼルドは床に転がされたままの少女の体をゆっくり抱き上げた。半袖のパジャマから覗く華奢な腕には、すでに赤いものはなく、うっすらと白い筋が残っているだけだ。
　スポーツをする割りには、肉付きはよくない。顔立ちも幼いせいで、高校生になったのに中学生に間違えられることが頻繁にある。
　栄菜をベッドに寝かせながら、レイゼルドは長い髪の間に見え隠れするほっそりした首すじに、視線を落とした。柔らかな髪の毛も色素が薄いが、肌もまた随分と白く、きめが細かい。
　彼はわずかに眉をひそめた。
　しばらく眺めていただけなのにもかかわらず、胸に刻まれた深紅の十字架が熱を帯び、痛みを訴え始めている。
　彼の顔から完全に笑いが消えた。眉間にはさらに深い皺が刻まれ、眼差しに刺すような光が加わる。
　口の中にはまだ甘さが残っている。了解を取り、癒すためだけに含んだのにもかかわらず、赤い十字架は激しい痛みとともに彼に断罪を迫った。
『あの子と仲良くするといい。あの子が君に全てを許すようになるまで。そうすれば君の失った力も完全に戻るだろうね』
　脳裏に浮かんだのは智行の言葉だった。あの絵かきは、娘と同じ色素の薄い髪を長く延ばして、女のような細い顔をさらに強調していた。血は脈々と受け継がれているのか、少女の髪や顔立ちは驚くほど父親である智行によく似ている。
　ただ父親が見かけだけ繊細そうに偽装していたのに対して、娘の方は見かけも中身もほとんど一緒だった。性格にしても、性別や年齢という枠を超えて、父と娘では随分と異なっている。
　唯一、思考回路が常人とかけ離れているところが内面的な共通点ともいえなくもないが、それも断言するまでには至らない。
　レイゼルドはポケットから小さな小瓶を取り出した。濃紺の硝子の中で、黒い液体が揺れている。　
　瓶の栓を抜き、彼はワイングラスでも傾けるかのように、優雅に口を付けた。少しだけ含んだ液体は甘く、もう少し温かければ言うことはない。そして、失ったはずの強大な力が蘇る高揚感を伴った感覚。
　夕飯前に栄菜が指を怪我したおかげで、僅かだが補給が出来、その結果イリーナの前でも以前と同じ力を見せつけることが出来た。しかし、次はそう上手くはいかないはずだ。
　瓶の栓がきゅっと鳴って閉まる。
「これだけが、今は頼りとはなんとも寂しいものですね」
　使い魔たちは、蝙蝠も烏も狼もそろってイリーナと久我を冷やかしに、階下に降りている。
「この痛みさえ無ければ、すぐにでも……」
　栄菜の胸ポケットに入ったままの白蛇だけが、マスターの低い呟きを聞いていた。
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