小説月下の夜想曲
† 第4章 †

第 3 章

 平穏な日々は、やがて一つの転機を迎える。
 その日娘は、自分の住む村の隣村に、用事があって出かけていた。娘のもう一つの仕事、薬作りのために必要な薬草を採りにいくためである。
 その村の東のはずれには、薬草が沢山生息している小さな森がある。その森の所有主に、いつものようにレース編みのハンカチを御礼の意味を込めて渡し、娘は鬱蒼と生い茂る木々の中へと、分け入って行った。
 既に日は落ちようとしている。午前中はお針子の仕事があり、結局こんな時間になってしまったが、娘は別段どうとも思わなかった。
(日が暮れてしまったなら、あの人に会いにいけばいいし)
 既に習慣になりつつある伯爵との逢瀬を、娘はかなり楽しみにしていた。
 この時代の小作人の大半がそうであるように娘もまた、貴族や王族などいわゆる特権階級に属する者たちは大嫌いだったが、なぜか伯爵だけは違った。
 伯爵は知識も豊かだし、芸術への理解もあるし、何より、威厳があるのにもかかわらず決して高圧的な態度を取らない所が、一緒にいて心地良い。
 また、それ以上に娘の中で、ある感情が膨らんできており、それはもう娘自身も気がつく程大きくなっている。だから余計に「会いたい」という思いは強くなる。
 しかし、ただそれだけではなかった。 彼を思う気持ちとは別に、娘にとって伯爵は「同類」と思われる数少ない人たちのうちの一人だった。
 たとえ彼女と正反対の所に居る人であっても……。
(私もまた、人の社会の中では生きられない……)
 気を取り直し、娘が薬草を採取していると、足音がした。殺気はないのでゆっくり振り返る。
 姿を現したのは森の所有主であった。彼女の後を追いかけてきたのだろう、少し急ぎ足で息を乱している。
 その初老の男は、少し不安気な様子で娘に尋ねた。
「私の娘が森に茸を採りに入ったまま、もう二時間も帰らないのだが……どこかで見かけなかったかね?青いショールを肩にかけた、君と同じ年頃の子なんだが」
「いいえ、見ませんでしたが」
 娘の答えに、男は少し肩を落とした。
「すまんが、見かけたらすぐに帰るように言ってくれ……」
 そう言い残して彼は森の奥の方へと歩いて行く。娘の返事も待たずにだ。
 彼女は少し首をかしげてから、また薬草探しの続きに取りかかった。
 日が完全に落ちてしまったので、手燭の灯りだけが頼りである。
(もうそろそろ帰ろうかしら)
 空には月が浮かんでいる。森に入って二時間が過ぎた頃、ようやく娘は腰を上げた。森の所有主の探していた娘には会えなかったが、普通、人は夜の森など好んで歩かないものだ。
(出会わなかったってことは、きっと家へ帰ったのだわ)
 娘はそう結論づけた。小さな森であるから迷うということは考えられない。日が暮れてしまえば、家路につくのが自然だ。
 ましてや若い女性なら、なおさらである。
 日が暮れても、こんな暗い森をうろうろして平気なのは彼女自身くらいだろう。
(でも、念のため確認だけでもしておこうかしら)
 頼まれたからには、一応責任というものもある。
 娘がいろいろ思案しながら歩いていると、突如静かな森に呻きに似た鈍い声が響いた。
 若い女性のものだ。そう大きな声ではないが、すぐ近くから聞こえたので、娘は薬草を入れたかごを放り出し、スカートのすそをつまんで声の聞こえた方へと全速力で駆けた。
 木立の間に人影が見える。最初は一人に思えたが、近づくにつれ、それが二人であることが分かる。男が女をきつく抱きしめているので、一人に見えたのだ。 娘は息を呑んだ。
 女の青いショールが月光を受けている。そして男の銀髪が、同じように光を受けて輝いていた。
 男が顔を上げた。唇から鮮血がしたたり、あごをつたって落ちる。
 娘はその顔を知っていた。見間違えようがない。あの、森の古城の主である伯爵だ。
 娘と眼が合い、伯爵の端正な顔が驚愕に歪んだ。
(なぜ気付かなかったのだ……)
 伯爵の腕がゆるみ、女がくずおれるように地面に倒れた。
 時が止まったかのように、暫く二人は見つめ合ったままだったが、先に視線をそらしたのは伯爵の方だった。
 娘はなおも伯爵から視線をそらさない。「殺してしまったの?」
 娘の声の鋭さに、伯爵の表情に苦いものが浮かぶ。彼が弱く首を振ると、娘はほっと胸を撫で下ろした。
 丁度その時、遠くから誰かを呼ぶ声がした。この森の所有主であろう。いなくなった自分の娘をまだ探しているのだ。 娘は倒れている女を見やる。白い首筋にくっきりと二つの傷跡が残り、痛々しい。
「このままでは、いけないわね……」
 娘は女の横に腰を降ろすと、手を組んだ。短く主への祈りを捧げた後、血で汚れた女の首にその手をかざす。
「とりあえず、あなたはどこかへ隠れていて」
 伯爵は瞠目した。娘は間違いなく彼に向かって言ったのだが、一瞬信じられなかったのだ。
 暫時たたずみ、伯爵は身を翻す。それと同時に娘は手をかざしたまま、眼を伏せた。
 それは非常に神秘的な光景であった。娘の体が淡い白い光に包まれ、その光は時折虹色にきらめき、陽炎のように漂う。かざした手には特に多く光が集まり、指先も手の甲も光のためにかすんで見えないほどだ。
 だが永遠にも思えたその輝きは、やがて急速に萎えていった。
 彼女の体から光が失われるのとほぼ同時に木立の間から初老の男が現われた。森の所有主である。倒れている女に気付くやいなや、血相を変えて駆け寄ってきた。
 間違いなく彼の娘なのだろう、目を皿のようにして女性を見つめていたが、外傷がどこにもないことに気づくと、安堵し、その場にへたりこんでしまった。
 娘は老いたその背をかるくなでてやる。
「大丈夫ですわ。気分を悪くなさって横になっていらしたのでしょう」
 それは半分は事実で半分は嘘であった。だが初老の男には随分真実味があるように聞こえたようである。何しろ意識を取り戻した彼の娘は、何も覚えてはおらず、自分がどうしてここに倒れていたのか、全く分からなかったくらいなのだから。
 寄り添って帰って行く父娘を見送り、彼らが見えなくなってから、娘は振り返った。
 木立の間から伯爵が現れた。闇で染め上げたかのようなマントが、夜風にゆるくはためく。
 娘が声をかけた。
「……彼女に何を?」
 伯爵は答えない。
「吸血鬼なのね?」
 回りくどい言い方はせず、単刀直入に問う。この地方で古くから語り継がれている闇の魔物にまつわる話を、娘もまたよく知っていた。
 しかしながら、彼女の口調にきつさはない。
 伯爵は娘を見つめた。彼女の明るい水色の瞳には、恐れの色が微塵もなかった。
「普通の食べ物は食べられないの?」
 伯爵は眉間に深いしわをきざんだまま、首をふる。
「そう」
 娘の声にはどこか納得したような響きがあり、伯爵の表情から、初めて苦いものが消えた。
「……責めぬのか」
 伯爵の、低く問う口調に、娘は少し笑って答えた。
「あたしが雲か霞を食べて生きているのなら、あなたを責められたでしょうけど、生憎とそうではないから」
 沈黙がおちた。少しばかり冷たい夜の風が、静かすぎるその場を軽くなでてゆく。娘がまた小さく笑った。
「でも、変よね。やっぱり人が傷ついたり、死んだりしたら辛いわ。鶏なんか平気で殺して食べるのにね」
 娘の表情にはどこか自嘲的な陰りがある。それでも、あれほど衝撃的な場面を目にしたというのに、この落ち着きようは逆に異様といってもいいほどだった。
 伯爵は僅かに沈黙した。
「鳥とて鳥をおもうだろう……同族であれば仕方あるまい」
 瞬間、娘の表情はほころんだ。自ら、伯爵の方へ歩み寄り、血で彩られた彼の顔を両手ではさみこむ。
「あなたに生きることをやめろなんて言わない。でもお願い、殺さないで」
 それから少し目を伏せる。
「大切な人を失うことはとても辛いことだし、きっと誰かが泣くわ……。それは嫌なの……」
 伯爵は一瞬の間の後、頷いた。彼にしても、死に至る程、生き血を吸うというのは稀である。あまり死人が出れば、人間も警戒する。そうなれば必然的に彼の行動も制限されやすいし、徒党を組んだ人間というものは、以外に始末に負えないものだ。
 故に、ほんの少しばかり妥協するだけで、彼女が笑顔を見せるというのならば、殺さない方がいいように伯爵には思えた。
 今も克明に目に焼きついて離れない、彼女を包んだ白い聖なる光。一体何者なのかと問いたい気持ちが無いといえば嘘になる。だがそれ以上に彼女の心を失わなかった事の方が、今の伯爵にはより大きかった。
 彼女の背に腕を回す。娘は抗わなかった。
 そのままきつく抱き締める。
 娘の穏やかな声が優しく響いた。
「また、夜に遊びに行くわ……」


第 4 章

 その翌日、娘は本当に彼の元へ訪れた。その態度はあの事件以前と何ら変わることなく、むしろ少し親密度が増したくらいだ。
 彼に寄り添い、笑い、その透明な声が音楽のように周囲に響く。
 娘は彼の髪に触れ、羨ましそうにその銀の髪を蝋燭の光に透かした。
「きれい……私の髪もこんな風だったらと思うわ」
 伯爵は何も答えず、その若々しく端正な顔を娘の髪にうずめた。柔らかなその髪はほのかに花の香りがし、青白い手の下にある娘の手はとても温かく心地良い。
 それで十分だった。
 深夜近くなり、娘を帰らせると、この日は沈黙を守っていた図書館の主が、伯爵の前に歩み寄り跪いた。
「あの娘は普通の人間とは少し違うようですが、人間であることには変わりありません。そう遠くない未来には、老いてゆき、その命を閉じ、そして土に返る。そういう魂です。それでも側におかれるおつもりか」
 伯爵の視線に鋭く冷たいものが交じる。
「……何が言いたい」
「あの娘は伯爵様が何であるか知っていながら、ここを訪れる……。ならば少しでも早く一族に迎え入れる方がよろしいでしょう」
 伯爵の眼差しは、より一層鋭さを増す。冷酷なその表情は本来彼が持っているものだった。
「口がすぎるぞ」
 言い捨て、身を翻し去って行く背に、図書館の主は一瞬の間のあと頭を垂れた。臣下である自分が差し出がましいことを口にしたのは、彼自身もよく分かっていたからだった。
 一方、娘の方は少し戸惑っていた。いつもなら伯爵が城門まで見送るのだが、今日は違っている。
 伯爵は一人の女を彼女に引き合わせ、この女が送っていくからとそう言って、まるでそこにいることが嫌かのように、足早にその場を後にしてしまった。
 立ち尽くしたままの娘に女が無言で促す。
 深夜である。さっさと帰った方が良いというのだろう。
 女は寡黙なのか、城を出、森に入っても一言もしゃべらない。娘はそんな女を、ただ、きれいな人だなと思った。
 実際女は美しかった。真っ赤な長い髪を奇麗に半分ほど結い上げ、あとはそのまま自然に垂らしている。真っ黒なドレスには、ふんだんにレースがあしらわれ、胸元は大きく開いたデザインである。豊かな胸が半分も見え、この時代の女性にしてはいささか大胆すぎるほどだが、不思議と女にはよく似合っていた。
 真っ赤な唇も、そのやや吊り上がり気味の目も、歩く姿までもがまさに妖艶といっていい。だからこそ胸の開いたどこか華美に見えるドレスも、美しくそして艶やかに着こなしている。
(私が着たら胸があまってしまうわね…)
 娘は女を横目で見ながら、少々的外れなことを考えていた。
 暫く歩き、村の付近まで来て、初めて女が口を開いた。
「ここまででいいわね」
 冷淡な声は少しばかり重く響く。
「ええ。どうもありがとう」
 無邪気に笑いかける娘に、女の眼差しが一層きつくなった。
「おまえは人間のくせに、伯爵様のお側に仕えるつもり?」
 女の口調には明らかな嘲りが含まれている。が、娘は軽く笑っただけだった。
「仕えるつもりはないわ。ずっと一緒にいたいとは思うけれど」
 女は鼻を鳴らした。そういうことを仕えるというのではないかと、彼女は思ったのだ。
 娘は女の態度に腹を立てることもなく、満天の星空を仰ぎ見て、低くつぶやくように言った。
「私があの人を愛しているのと同じくらいには、あの人に愛されていると思うわ」
 女は目をまるくした。さらに娘が女に向き直り、真顔で
「あなたは、あの人を愛していたの?」と聞いてくるので、女はとうとう哄笑した。
「本当に何も知らないお馬鹿さんね。おまえは甘い夢を見ているだけなのよ」
 女は別に伯爵に恋情を抱いたことなどない。彼女にとってはあくまでも、伯爵は闇を統べる者であり、自分はその臣下でしかないのだ。そもそも女には男を愛するということ自体が信じられなかった。男は女を利用する。ならばこちらも利用するまでだという考えしかない。
 故になんの躊躇もなく伯爵を愛していると言うこの娘が滑稽に思えた。
「人間なのに……伯爵様と二人で幸せに暮らすつもり?」
 女はまだ笑いを抑えきれないでいる。娘はそんな女を真っ正面から見据えた。その眼差しは一見穏やかなように見てとれた。
「ええ、幸せになるわ」
 あまりにはっきりした言い方に、女の方は苛立ちを覚えた。
「あの方は飢えを満たしてくれる者を側に置きたいだけなのよ」
「いいえ。……今日も乾きを感じたから私を先に帰したのだわ」
 足早に去り行く伯爵の背を見て、娘はすぐそう悟った。娘を思う彼の気持ちを嬉しいと思う反面、どこか切なく悲しい気持ちが彼女の胸を占め、辛くもあった。
(私はあの人に声をかけることすら出来なかった)
 娘は一瞬視線を落とす。対して、女は苛立ちをかくさず、声を荒げた。
「所詮は僅かな時しか生きられず老いさらばえるというのに!」
「そうは、ならないわ」
 言い終わるや否や娘は反論した。その声はあくまでも強く、その水色の瞳は揺るぎなく女を見つめる。
 女が何か言い返そうとした矢先に、娘はもう一度、今度は消え入りそうなほど小さな声でつぶやいた。
「……そうは、ならないわ」
 打って変わって、その声音にはどこか悟っているような深い悲しみが含まれている。
 女は、今までどんなことにも心動かされることなど無かったが、なぜかそれ以上、娘を罵倒することが出来なかった。
 暫くたたずんだ後、娘は送ってくれたことに礼を言い、女と別れた。
 村へと帰り行く娘が一度振り返り、笑顔を見せる。
「ありがとう、心配してくれて」
 娘は結局、女の罵倒をそう受け取ったようだった。
 何を勘違いしているのかと女は思った。 現実を見せつけられ、甘い夢が覚め、娘の顔が絶望に彩られる様を見てみたかっただけなのに……。
(本当に馬鹿な娘だわ。でも……)
 愚かな娘だと笑うことは、女には出来なかった。
 ずっと人の心の暗く醜い部分と接してきた彼女にとって、人間という生き物の価値を、糧という以外で見いだすことはない。
 今までもそうであったし、これからもそうだろう。ただ、伯爵がなぜあの娘を側に置きたいと思ったのか、女にはほんの少しだが分かった気がした。
 ふしだらと言われて当然の胸元の大きく開いたドレスを着、その色は真っ黒で、尋常ないで立ちとは決して言えないにもかかわらず、娘の態度は一貫していた。
(……あの娘は、変わっている)
 女の背から黒い翼が広がってゆく。
(おそらく、私の真の姿を見せても……)
 あの娘は変わるまい。
 それは限りなく確信に近く、そして事実だった。


 女に送られて村に戻り、家の扉をくぐった時は深夜をとうに過ぎていた。最近は村人の幾人かが、夜中に帰ってくる娘の行動をかなり訝しんだが、彼女の作る薬が多くの村人の命を救い、そのための薬草を採っていたのだと言われれば、村人たちもそれ以上の追及はしなかった。
 午後からお針子の仕事、夕方から薬草摘み、昼間の空いた時間は薬草を煎じる。 娘は疲れた体をベッドに横たえた。家には彼女の他にだれもいない。家族もおらず、この村に来て、まだ二年足らずだからか、人々ともうまく溶け込めない。村社会はよそ者をなかなか受け入れてはくれないのだ。
 しかし、ここ数年ずっと感じ続けた孤独感は、伯爵との出会いで消えうせた。 いつも村人たちに頼られる立場の娘が、伯爵には甘えることができた。
 薬草を煎じてあげた村人が、後日元気になれたと礼を言う笑顔を、素直に心から嬉しいと思えるようになれた。
 誰かに尽くすことの喜びを改めて知った。
(運命とは何とも不思議なものなのね)
 窓辺からさす月光は銀色で、円を描いた月は冷たく美しかった。その光が不意にくすむ。
 闇が訪れる。夜目がきくはずの娘もまるで「見る」ことが出来ない深すぎる闇が周囲を覆う。
 闇の中、目を凝らす。最初に目に飛び込んできたのは、赤い二つの光だった。そして衣ずれの音。
 娘はすぐに悟った。
「伯爵さま……」
 赤い光は答えなかった。
「私に用がおありなのね」
「…いや……」
 わずかな声の調子で娘にはすべて分かってしまった。両腕を光に向けて差し伸べる。
「乾きを癒しにいらしたんでしょう?」
 問う口調にもかかわらず、すべてを肯定し受け入れるような響きがある。
「……だが、魂が…」
 声は低く、抑揚はない。にもかかわらず、娘は強く反論した。
「私の魂が汚れてしまうと思ってらっしゃるの?」
 娘はベッドから床へとおり、自ら赤い光の方へ歩み寄る。
「他者から何かをされたからって魂は汚れたりしないものだわ。だって、その人がどう生きるか、その人の心がどうあるか、それで決まるものだもの。……だからこそ生き物はみんなとても美しい……」
「私は死者と同じだ」
「違うわ。あなたは私を愛して下さっているんでしょう? その気持ちが何よりの証拠よ」
 娘は真っすぐ赤い光を見つめる。押せば倒れてしまいそうな、はかなげな容姿であるのに、その眼差しは常に強い光を湛え、何事にも動じず、媚びず、揺るぐことなく、そして包みこんでしまう。
 闇が薄れた。見慣れた伯爵の端麗な顔は、少しだけ雰囲気を変えていた。すなわち、普段よりもずっと青白い肌が……美しい手の先にある長く鋭い爪が……その血色を湛えた両目が……。
 伯爵の腕がのび、娘は抱き締められた。だが不思議なほど恐怖は感じない。
 娘は歌うように優しくささやく。
「他の誰かだったら嫌だったわ……。でもあなたならかまわない」
 伯爵の唇が娘の喉元に触れる。娘は目を伏せた。
「あなただから、かまわないの……」

>>next

<<back

小説ページへ戻る