長椅子に身を起こしたレイヴンの隣に、リタはちょこんと座った。
「えー? リタっちが脱がしてくれるの? おっさん、むしろジュディスちゃんに脱がしてもらいた…ぐほっ」
リタの肘がレイヴンの腹に食い込んだ。
「ひ……ひどい……」
お腹を押さえてうめくレイヴンに、ユーリがベッドから立ち上がり、声をかけた。
「あー、おっさん。そんなに言うなら俺が引っ剥がしてやろうか?」
「す…すみません。もう言いません……」
男なんか真っ平ごめんとばかりに、レイヴンはぶるぶると首をふった。
「あーもー、自分でやりなさいよ、そのくらい! それに全部脱げとか、そんなバカげたこと言ってないでしょ!」
「前だけ開けりゃ、十分だろ?」
ユーリが補足する。
「はぁい…」
眉を八の字にしたまま、レイヴンはピンク色のシャツのボタンを外す。
空気にさらされた、やや浅黒い肌に目を落とし、リタはぼそりとつぶやいた。
「……アンタ、ホント、無駄にいい体してるわね」
「まあ、ほら、前も言ったけど、騎士団もギルドも肉体労働だからねぇ……って、何よ〜リタっち!! 俺様の肉体美を再認識〜??? ムン!ムン!」
「またかー!!!」
力こぶを作ろうとポーズを決めたレイヴンの額に、リタの華麗なチョップが炸裂する。
「ぬぉおおおぉぉ」
額を抑えるレイヴンを横目で見やって、ユーリは息を吐いた。
「おっさんはマジで元気だな」
「あら、彼、そうやって、私たちとじゃれあいたいのよ。楽しいじゃない」
ジュディスは口元に軽く手をあて、うふふとほほ笑んでいる。
「あれも演技だっていうの? ジュディス」
前もそんなこと言ってたよね?と、興味津々に問うカロルをさえぎり、レイヴンが激しく食いついた。
「もーさっっっすがジュディスちゃん! やっぱり大人の女よね! つるぺたリタっちとは、まるで違……ゲフッッ」
リタの拳がレイヴンの腹筋に食い込む。
「あー、おっさん、さすがにこれ以上は、俺も面倒見きれねぇわ」
「レイヴンって懲りないよね〜…」
カロルの達観したような口調と表情。年齢に似合わず、すっかり板についてきてしまった。
「もしかして……」
おずおずとエステルが尋ねた。
「私たちが居ない方がよろしいです?」
形は違えど、以前、同じようにリタに見てもらった際に、リタは周囲から話しかけられることをかなり嫌っていた。もう少しで、声をかけたユーリを攻撃するところだったほどにだ。だが今回はそれだけではない。
レイヴンの場合は、心臓魔導器を人の目にさらすことになる。仲間といえど彼の思いは複雑なのではないか……。レイヴンと同じく、アレクセイに「道具」と呼ばれたエステルは目を伏せた。
「え、まあ……ギャラリーが多いのは、ちょい不慣れかもねぇ」
表情を曇らせたエステルを気遣ってか、腹を押さえつつも、レイヴンはやや明るい調子で答えた。
「ごめん、そうだよね、僕らが周りで話してたら、リタの気も散るだろうし…」
部屋を出ようとするカロルをとめたのは、意外にもレイヴンの方だった。
「や、違う違う。そういう意味じゃないの。おまえさんらが居てくれた方がむしろいいわ」
眼差しに深い陰りが一瞬走り、消えた。ユーリはそれを見逃さなかった。
「おっさん……?」
レイヴンは大袈裟に手をひらひらと振っている。
「だってさー、リタっちと二人きりになったら最後、俺の命が危険にさらされ……ちょ、冗談よ…リタっち、冗談だから…」
リタがぶつぶつと詠唱を始めている。
「こ…こんな至近距離でファイアーボールはすっごく危険だと、おっさんは思うなぁ!」
詠唱をやめ、リタは眉間に深い皺を刻んでレイヴンをにらみつけた。
「……だったらいいかげん、大人しくしてなさいよ。みんなもよ! 集中したいんだから」
「わ…わかりました……」
代表するようにレイヴンがコクコクとうなずく。
そして、長い息を吐いたあと、リタによく見えるようピンクのシャツの上につけていたベルトも外し、胸元をさらに開いた。
「ちょっと触ってもいい?」
やや浅黒い肌の上には、まるで鼓動のように一定のリズムで輝く深紅の魔導器が埋め込まれている。それを縁取るようにして、銀色の枠が、彼の胸の上に美しく流れるような幾何学模様を描いていた。
「うん、いいわよ?」
また「エッチ」などと言ってふざけるものと思っていたが、予想が外れた。
「調子狂うわね……」
魔導器を縁取る銀色の枠は大きく、文様のように伸びた一つは脇腹近くまで達しており、、もう一つは脇の下の方へと伸び服の影に隠れている。
(冷たい……)
伸ばした手で触れた魔導器は、リタの知るものと同じ、硬質な手触りだ。レイヴンの肌は温かいのに、その部分だけがひどく冷たい。 宝石のような美しさを持ちながら、その実、鋼のような手触りが異物感を指先に与える。
脇の下の方、服に隠れた部分まで、リタは手を伸ばして銀の枠を確認した。
「ちょ……リタっち! 近い、近い!」
さすがにレイヴンはたしなめた。視線を下げると、息がかかるほどブラスティアに顔を近づけた少女の頭が見える。
だが、あくまでもリタの眼差しは真摯で、どこまでも真剣だった。
その目が突如、大きく見開かれる。
「これ……全部が筺体(コンテナ)なんだわ……」
「どういうことだ?」
ユーリが腕組みをしたまま問うた。
「魔核(コア)と筺体(コンテナ)で魔導器は構成されてる。この子は……もちろんヘルメス式だけど、レイヴン一人にしか術式の効果範囲がないのに、大きすぎるのよ」
「あの…すみません、リタ。もう少し詳しく…」
読書好きのエステルでも、魔導器は専門外である。それは、ユーリにしろカロルにしろ同じだった。
「たとえばコレ」
一件するとチョーカーのようにも見える自分の魔導器に、リタは指で触れた。
「武醒魔導器(ボーディブラスティア)は術式の範囲が狭いから、こんなに小さくても大丈夫。でも結界魔導器なら町一つとかいう範囲になるから、比例して筺体が巨大になる……」
説明を聞きながらユーリは自分の武醒魔導器を見つめた。
「おっさんのは、リタの常識に当てはまらないんだな?」
「今、あたしが言ったのは、あくまでも一般論よ。そもそも、エアルを使わず、生命力で動く魔導器自体、有りえないと思っていたから……」
エステルはレイヴンを見つめていた。
彼の表情も、まとう空気も、とても静かだった。そう、どこか見覚えのある……何度となく城で会い、頻繁ではなくとも、昔から知っている顔……。どうしてずっと気付かなかったのだろう。
「ねぇ、おっさん! 本当の意味で、この子が見たいの! ……いい?」
少女の瞳に浮かぶのは熱意と迷い。
レイヴンは破顔した。
「何言ってるの。最初からそのつもりだったじゃない」
カロルとエステルは、なぜリタが改めてレイヴンに許可を得たのか分らなかった。
ユーリは表情を変えることなく、また、ジュディスは唇から笑みを収めた。
「……うん、そうね」
おっさんは分かってるんだ……リタはうつむいた。
本当の意味で心臓魔導器を見るということは、制御盤を立ち上げることである。そうして解析すれば、心臓魔導器の作用や効力、範囲などつぶさに分かってしまう。
生命力を糧にしているのならば、その肉体が現在どのような状況にあるのかも……。
怖かった。それは、エステルを救えないかもしれない……そんな結論に達した時の恐怖に似ていた。
リタはぶるぶると首を振った。怖れを振り払うように。
(あたしはアスピオいちの頭脳と謳われたのよ! 魔導器では第一人者なんだから!)
万が一があったとしても、魔導器の一つや二つ、いい子に出来ないでどうするのだ。
リタは自らを鼓舞し、レイヴンの心臓魔導器に手をかざした。
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※※基本的に「リタと心臓魔導器」のお話全体と、「アレクセイと心臓魔導器」とが対になります。
話の長さが違いすぎて、全く説得力ないですけど、興味のある方は両方読んでいただけると嬉しいです。
(一部、あえて同じような表現を使ったりしている部分もありますので、その辺もお楽しみください♪)
※魔導器の設定などに関しては、もちろんゲーム本編も参考にしていますが、攻略本掲載のより詳しい世界設定なども参考にしています。(心臓魔導器の設定については完全な捏造です)
※レイヴンの心臓魔導器の形状の描写については、藤島先生の著書「キャラクター仕事」内に掲載されていた公式?設定画を元にしています。
◆参考スキット……「燃えにくい体」 「俺の肉を見よ」 「無敵な快進撃」
2009.07.01.
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