ユーリとの語らい 1   

 「あとは精霊の力が確実に星喰み(ほしはみ)に届くように出来るだけ近づいて、明星壱号を起動するだけよ」
 力強いリタの声。ユーリは空を見上げた。歪んだ空の彼方にある古代の建造物。
「つまり、あそこだな」
 ジュディスもまた、同じように彼方を見つめた。
「……タルカロンの塔ね…?」
「デュークの根城か」
 レイヴンがつぶやくように言った。
「戦うことになるんでしょうか?」
 不安げな声と眼差し。
 エステルの問いに、ユーリは「どうだろうな?」とだけ答えた。
 なぜ彼女が問うたのか……ユーリは分かっていた。
 デュークにはこれまで何度となく救われてきた。ユーリにとっては命の恩人でもある。そのデュークと戦うことが、果たして正しいのか……話し合いで解決できないのか……心の優しいエステルが戦いを避けたいと思うのは当然だろう。
「けど、タルカロンをぶっ放させる訳にもいかない」
 世界を救うために人間の命を奪うことが正しいとは、ユーリには到底思えない。
 結果的に戦うことになっても、それは仕方のないことだとユーリは割り切っていた。
「避けて通れないんだね、あそこへ行くのは」
 カロルも全てを納得しているわけではないようだった。自分を納得させるために言った言葉であることは、すぐに分かる。
「そういうこと」
 ユーリはあえて軽く言った。
「出発は明日だ。今日はしっかり休もうぜ」
 ユーリの言葉を合図に、みな、それぞれオルニオンの中に散らばっていった。
 決戦を前にして、一人になる時間も必要だった。
「あなた、いつも損な役回りね」
 ジュディスが、ほほ笑みとともに囁いて立ち去る。
「俺は損だと思ったことは、一度もねぇけどな」
 振り返ることなく、ジュディスはユーリの返答に右手を軽く上げて応えた。

 
 水辺でレイヴンが一人たたずんでいた。
 (おっさんは、こんなトコに居たのか…)
 レイヴンだけが、人魔戦争において、デュークとともに戦っている。多くの死者を出した戦争から生還した者同士、彼の中にある思いは、他の仲間たちの誰よりも複雑なはずだった。
(アレクセイが死に、イエガーが死に……そして今度はデュークか……)
 人魔戦争をともに戦ったかつての仲間……その仲間たちと戦う道をレイヴンは選んだ。
 ゆるく流れる水面に、何が見えるのか…背を向けているため、彼の表情はまるで見えない。

 その背中を目にして、いつかの夜に、ダンクレストの橋のたもとで川面に視線を落としていたレイヴンの姿を思い出した。そのまま身を投げてしまうのではないか……そんな風にも見えて、気がつけば声をかけていた。
(考えすぎだな、オレも)
 普段が普段だけに、バクティオン神殿で彼がさらした“危うさ”は、ユーリだけではなく、その場に居た全員に強い印象を残したままになっている。だからこそ、ヘラクレスでケジメをつけた際に、彼の命をブレイブヴェスペリアで預かったのだ。
(前言撤回だな。つくづく損な性分かもしれねぇ)
 軽く首を振って、ユーリは静かにその場を離れようとした。
「アレクセイの命令で」
 レイヴンが口を開いた。
 独り言には聞こえず、ユーリは足を止めた。
「嬢ちゃんの監視で始まった旅が、世界救済の旅になるとはねぇ」
 ユーリが隣に立つと、レイヴンはユーリが側に居るのを承知の上で、無精ひげの生えた顎に手を当て、まるで考え込むように目を伏せた。
「……そうそう、あん時は、ドンにも同じ命令されてたのよねぇ」
 芝居がかった仕草と口調に、ユーリはふっと笑った。
「ドンにもアレクセイにもこき使われてたってわけだな」
「そーなのよ! 大変なのよね、中間管理職って」
 うんうんと頷いてから、両手を軽く上げる。
「もちろん冗談よ?」
 ユーリに薄い笑みを向けた。それはレイヴンというよりも「シュヴァーン」を思わせる笑みだった。
「死んでた俺が、任務として旅を始めたのに、気がつきゃ、おまえさんたちの仲間だもん。で、最終的には世界を救うって話でしょ? 世の中分かんないわよねー」
「オレの場合は成り行きだけどな」
 足元から小石を拾って水面すれすれを狙って投げる。ユーリの放った小石は、水の上を10回ほど跳ねて消えた。
「成り行きって、あーた…。どっからどう見ても世界救済の旅になってるじゃないの」
 レイヴンもまた小石を拾って投げた。石は7回しか跳ねなかった。
「ありゃ、意外と難しいのね」
 レイヴンが子供のように石を投げている。ユーリはそんな彼を見るともなく見ていた。
 世界救済……そういうことになるのか、自分の旅の終着点は。
 最初は下町から盗まれた水道魔導器を取り返すことが目的だったはずだった。それが、城でエステルに出会い、彼女と旅を始めたことで、当初の目的が達成されたのにもかかわらず、今もまだ終わらない旅を続けている……。
 ユーリはふと、自分の左手を見つめた。
 騎士団をやめ、自分の本当の道を探せないまま下町に居た頃と、今では明らかに違う。カロルとともにギルドを立ち上げ、ひとつの道を見出せた。しかし、その中で、自分の中の正義を貫き、人を殺めた。
 どうすることもできないまま殺されてゆく、弱い立場の人々を守るために……。
 それは決して許されるはずのない“罪”だ。それを分かった上であえて犯した。
 後悔はしていない。
 今でもそれは変わらない。
 それでも……。
「……レイヴンは…人を殺したことがあるか?」
 たたずんだまま、水にたゆたう小さな落葉に視線を落とした。レイヴンが作った波紋の上で、ゆらゆら、くるくる、まるで生き物のように舞う緑の葉。
「俺にそれを聞いてどうするの?」
 肯定でもなく否定でもなく、静かで穏やかな声。
 レイヴンの視線を頬に感じたユーリは、しかし、揺れる落ち葉だけを見続けた。
 レイヴンは……シュヴァーンは、法を遵守することを第一とする騎士団にいた……それも騎士団の隊長首席であった。
 小さな会話の中の端々で、時折、彼が騎士であった名残を感じた。
 だが、彼はユーリの犯した罪を、肯定も否定もしなかった。その話題に触れることさえもなかった。
 目を伏せ、ユーリは大きく息を吐いた。
「何でもねぇよ。聞かなかったことにしてくれ」
 法で裁けないからといって自分の裁量で人を裁くことをよしとしないフレンは、おそらく、人を殺したことはないだろう。
 そんな気がした。
 あるとしても、それは命のやり取りをする中で、振るった剣に違いない。
 丸腰の老人を斬りつけたり、剣もまともに握れずに震えていた人間を生き埋めにはしないだろう。
 フレンにそれが出来ないからこそ、自分が居るのだとも思う。フレンが光の中を正々堂々と歩くために……。
 しかし、フレンと同じ騎士団の隊長でありながら、なぜかユーリはレイヴンに“臭い”を感じた。
 アレクセイやイエガーにも感じた死の臭い……。
 ノードポリカで、偽の情報に踊らされた“魔狩の剣”が“戦士の殿堂(パレストラーレ)”の人間を惨殺したように、ギルドの連中の方が騎士団よりも荒っぽく感じるせいかもしれない。事実、ドンはレイヴンに、騒乱のケジメとしてイエガーの抹殺を指示している。
 そこにはあるのは法ではなく、個人の正義だけだった。
 レイヴンの左手もまた、斬りたくないものを斬っていると思うのは、単なる思い過ごしにすぎないのだろうか……。
 長い沈黙の後で、レイヴンが再び小石を投げた。なるべく薄くて角のまるい小石を選んで。
「おーっっっ、やりぃーっ!」
 小石は15回も水の上を跳ねてから沈んでいった。
「あー、でも老体にはキツいわねぇ、この遊び」
 うーんと言いながらのびをし、左肩をとんとんと叩く。疲れた疲れたと言いながら、うろうろと歩きまわり、何かを物色している。
「青年も、もう一回どう? 俺様の記録を抜けるかしら?」
 ユーリの手を取り、開いた手の平の上に、拳大のごつごつとした石をどすんと渡す。
「おっさん?」
「抱え込むことはオススメしないけど、自分でケジメをつけるって分かってることなら、おっさんが今さら言うことなんて何にもないものね」
 レイヴンの浅黄色の瞳が、真っすぐにユーリを射ぬいていた。
 石の重みが言葉の重みを代弁しているような、不可思議な気分に陥り、ユーリはふっと思い出した。
(前にも……同じようなことがあったな……)

 エステルを救うことと、世界の人々を救うことが秤にかけられ、もしも、どうしようもない状態に陥ったなら、世界を選ぶと決めた自分に「何でも抱え込むんじゃない」と言われた。
 心の奥底にあったエステルをあきらめられない迷いを見透かされていた。

(まったく、似合わねぇぜ、おっさん)
 ユーリは石を地面に置き、剣の柄で突いた。二、三度突くと石は裂けるように割れ、破片の中から手頃な大きさを選び出す。
「あっ、ちょっと青年、それは反則……」
 ユーリの投げた石の破片は20回以上も水の上を跳ねていった。
「オレの勝ちだな」
「まぁったく、おっさんをいじめて何が楽しいのよ」
 レイヴンが不満もあらわに唇をとがらせる。
「おっさんがやってみろって言ったんだぜ?」
 ここはぁ、年長者に花持たすとこでしょー?とぶつぶつ言いながらも、レイヴンは楽しそうだった。適した石が無いかと探しまわる。
 緩く吹く風が心地いい。
 こんな夜もいいのかもしれない。
「なあ、おっさん」
 ユーリには、ずっと以前からレイヴンに訊ねてみたいことがあった。それを口にするいい機会に思われた。
「なんで、俺にあの時、牢の鍵を渡したんだ?」
 レイヴンは石で遊ぶのをやめた。
 





→続きます…
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■参考サブイベント……「レイヴンと心臓魔導器」
■参考スキット……「俺たちゃ一蓮托生」


+読まなくてもいい話+
 水辺で石投げはべタすぎですが、おっさんが水辺に立ってたので、決定。
 決選前夜?にみんながバラバラになって、ユーリ一人でオルニオンをうろつくシーンがあるんですけど、その時にレイヴンに話しかけると「アレクセイの命令で〜」のくだりのセリフを聞けます。
 冒頭の「今日はしっかり休もうぜ」までのセリフも本編から。エステルの迷いのセリフが印象的です。本当に優しい子だよ、エステルー!
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2009.08.21.















 

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