リタと心臓魔導器・初回 1

 
「ちょっと、おっさん! 早く脱ぎなさいよ!!」
 宿屋の一室で、リタはじりじりと壁際にレイヴンを追い込んだ。
「ひぃー、リタっちがセクハラをー」
 大袈裟な叫び声を上げて、レイヴンはすっとリタの手をかわし、部屋の中を逃げ回った。
「………ぶっ殺す」
 リタの足元に魔方陣がフッと浮かび上がる。
「待って、待ってってば! こんなとこで魔法はダメだよ、リタ! 宿屋が壊れちゃうよ」
 慌てふためくカロルをよそに、リタの目はすわったままだ。
「壊れたってかまわないわ〜天誅を与えてやる〜〜〜」 
 低い声はおどろおどろしく、カロルはだらだらと汗をかいた。
「こ……怖いよ、リタ」
「あら、でもこれって、リタがレイヴンに言い寄ってるようにしか見えないわよ?」
「ジュ……ジュディス、なんてこと言うの…? ボク、知らないよ……?」
 にっこりと笑うジュディスの隣でカロルは蒼白になった。そんな火に油を注ぐようなことを言ったら……
「死ねーーーーーー!!!!!!」
「ギャーーーーーー!!!!」
 案の定、リタの放ったネガティブゲイトがレイヴンにクリーンヒットしている。
「おー、8ヒットしてら」
 ベッドに横たわったまま興味深げに眺めているユーリとは対照的に、エステルは椅子から立ち上がり、仰向けにひっくり返ったレイヴンへと駆け寄った。「ほっとけない病」が発動したのだ。

「もう、ユーリったら、数えてる場合じゃありません。早く治癒術を……聖なる活力ここへ……」
 癒しの光が、ふわりとレイヴンを包みこんだ。
「ありがとー、嬢ちゃんー」
 ファーストエイドが効いたのだろう、ヘロヘロになってはいるが、レイヴンは立ち上がった。
「そんな心配しなくても大丈夫よ、エステル。おっさん、アメジスト持ってたでしょ? あれで1割は痛くないわ」
「ちょっと、リタっち! それって9割痛いってことじゃない!」
 冷静な解説に、レイヴンはすかさず反論する。だが、リタは軽く腕組みしてそっぽを向いた。

「9割くらいいいじゃない。エステルが回復してあげたんだし、贅沢よ」
「贅沢って……天才魔導士少女はクールだわ……」
 部屋の真ん中で攻防を繰り返す2人に、カロルはがっくりと肩を落とした。
「宿屋が壊れなかったのは良かったけど……僕、何だか疲れちゃったよ」
「そうお? 私は面白かったけれど」
 ジュディスは艶然とほほ笑んだ。
「まあ、カロル先生の苦労はさておいてだ」
 半身を起こし、ユーリは片膝を立てた。
「おっさん、いいかげん観念した方がいいと思うぜ? 心臓魔導器(カディスブラスティア)をいつまでもほっとくわけにもいかないだろ」
「そうよ、観念しなさい! あんたの心臓、かなり特殊なんだから!」
 両手を腰にあて、リタはにらみをきかせる。
「大体何であたしが見ようとすると、逃げるのよ!」
「えー、そりゃ、リタっちがすぐ暴力振るうからじゃない」
 レイヴンは、わざとらしく震えてみせた。
「むーかーつーくー」
「でもどうしてでしょう? 調子が悪ければ、リタに相談すればって私なら思いますけど、レイヴンは違うんです?」
 小首をかしげるエステルに、ユーリが代わりに答えた。
「あー、それな。俺、その理由おっさんから聞いたぜ?」
「ちょ…青年ー」
 レイヴンはやや慌てた。ダングレストの橋のたもとで、ユーリは一度彼に言っている。
 リタに心臓魔導器を見てもらうようにと……。
「前に俺に言ったことと、さっき、おっさんが言ったことと大差は無いと俺は思うぜ? 本当の理由は別にあるんじゃないか?」
 ユーリの言葉に、レイヴンは曖昧な笑みを浮かべる。
 先ほどまでおどけていた人物のものとは違う、どこか困ったような哀しみのような、そんな思いが、ないまぜになった笑み。
 ふうとユーリは一息ついた。

 触れられたくない「場所」は誰もがもっている。それはユーリ自身もよく知っていた。
「理由はどうあれ…だ。おっさんにきっちり働いてもらうためにも、早いとこリタに見てもらった方がいいと俺は思うぜ?」

「そうね。早い方がいいと私も思うわ。だってこうしてる時間がもったいないもの」
「うわ、ジュディス、そっちなんだ。でも僕もその方がいいと思うな」
「そうです! やっぱり、ちゃんとリタに見てもらった方がいいと私も思います」
 仲間4人からたたみかけられ、レイヴンの眉が八の字を描く。
「だって今まで、ほとんど話題にもしなかったじゃない、そのことなんて」
「うふ、ごめんなさい。あたたの心臓のこと、すっかり忘れていたわ」
「嘘だよね、ジュディスちゃん!!!?? 前に秘奥義使った時、俺様のこと心配してくれてたじゃない!!」
 俺様すごく感動したのに!と言い募るレイヴンを無視して、ジュディスは天井を仰ぎ見た。
「あら、そんなことあったかしら? 記憶にないわ、私」
「そんなジュディスちゃん、俺様との旅、全部忘れちゃったの……?」
 悲しい……悲しすぎるわ……とレイヴンは、力なく長椅子に突っ伏した。
「おっさんとの旅じゃないでしょーが!! 」
 間髪入れず放った言葉に、エステルが目を輝かせる。 
「さすがリタ! 超ツッコミです!」
「え? ……あ、そうぉ?」
 リタが照れ笑いをするのを見て、カロルは何ともいえない気分になった。
 あれは褒め言葉とは違うような気がする……そう思うのは僕だけ?

「でも、ジュディスってすごいよね…たった一言でレイヴンが瀕死になっちゃったよ」
「私は正直に言っただけなんだけど」
「ジュディスちゃんのいじわる〜」
 レイヴンは長椅子の上でごろごろと身もだえた。
「おっさん、ウザッ!」
「ぐほっ」
 リタの帯がレイヴンの顔をぺちんと叩いた。
「やっぱり、レイヴン、素直に見てもらった方が、僕もいいと思うな」
 盛大なため息をつきつつも、カロルは表情を改めた。
「だってレイヴンの心臓、体に負担がかかるんでしょ? 僕、心配だもん」
 少年らしい素直な言葉に、痛い痛いと顔をさすっていたレイヴンの手が止まった。
「そうですよ、レイヴン。 私もザーフィアスを出る時、同じでした。命を削つて力を使う………でもリタのおかげで今はこんなに楽になりましたから…」
 真剣な眼差しでエステルもカロルに追随した。
「精霊………でしょ? おかげで俺様も楽よ、今」
 へらへらと笑うレイヴンをよそに、リタは両手の拳を握りしめ、ぶるぶると震わせた。
「だったらそれまで楽じゃなかったってことでしょうが〜〜! 根本が解決してないでしょーーーーー!!!???」
 リタの帯が今度はレイヴンの胸を叩く。
「…リ…リタっち……そこは反則……」
 胸を抑え瀕死の演技をするレイヴンをよそに、リタの表情に陰りが生まれる。
「…ホントはおっさんの心臓魔導器のことも少しは気になってたのよ。でもまずはエステルでしょ、だって……」
「比べるまでもないでしょ。アレクセイにあんなにひどいことされたんだもん。まずは嬢ちゃんからどうにかしなきゃ…ね?」
 リタは返答に窮した。確かにそうなのだが、それを深く追及すれば、同時にレイヴンへの追及にもなってしまう。
 押し黙ってしまったリタと、普段はあまり見せないレイヴンの静かな様子に、エステルはおろおろした。
「えっと、私は……」
「ああいうことは……許されることじゃあない……」
 独り言のようなレイヴンの低いつぶやきが、エステルの言葉をさえぎる。それは、アレクセイに向かって言った言葉には聞こえなかった。むしろ……。
「あーもー、ウザッッッッ! おっさん、ウザすぎ!! あたしはね、あんたが気になるんじゃないの! あんたの魔導器(ブラスティア)が気になるの! その子をちゃんと見てあげなきゃ、可哀そうでしょ!!!」
 一気に叫んだせいか、リタはぜいぜいと息を切らした。
「だとさ、おっさん」
 ユーリから、それとなく水を向けられ、レイヴンは頭を軽く振って長椅子に身を起こした。
 両手を上げて降参のポーズをとる。
「天才魔導士少女のためにも、それこそ一肌脱がなきゃダメみたいねぇ…」
 


 



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※基本的に「リタと心臓魔導器」のお話全体と、「アレクセイと心臓魔導器」とが対になります。
 話の長さが違いすぎて、全く説得力ないですけど、興味のある方は両方読んでいただけると嬉しいです。
(一部、あえて同じような表現を使ったりしている部分もありますので、その辺もお楽しみください♪)
※魔導器の設定などに関しては、もちろんゲーム本編も参考にしていますが、攻略本掲載のより詳しい世界設定なども参考にしています。(心臓魔導器の設定については完全な捏造です)


◆参考サブイベント…レイヴンと心臓魔導器
◆参考スキット……「心臓への負担」 「ギルドです」


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2009.06.30.