牢 2   

 
「で、その例の盗賊が難攻不落の貴族の館から、すんごいお宝盗んだわけよ」
 調子のいい声で、男は牢番とおしゃべりしていた。
「知ってるよ。盗賊も捕まった。盗品も戻ってきただろ」
「いやぁ、そこは貴族の面子(めんつ)が邪魔をしてってやつでな。今、館にあんのは贋作よぉ」
「バカな……」
「ここだけの話な? 漆黒の翼が目の色変えて、アジトを探してんのよ」
「例の盗賊ギルドか?」
 つい大きな声で問うてしまい、牢番は急にバツが悪くなった。
「! ごほんっ。大人しくしてろ。もうすぐ食事だ」
 牢番といえども騎士である。罪人の言葉に惑わされるなどもってのほかと言わんばかりに、男との話を切り上げ立ち去った。
 牢番の姿がなくなったのを見計らってか、男は、隣の独房に入れられたユーリ・ローウェルに話しかけてきた。
「そろそろじっとしてるのも疲れる頃でしょーよ、お隣さん。目覚めてるんじゃないの?」
 粗末なベッドに横たわったまま、ユーリはこたえた。
「そういう嘘、自分で考えんのか。おっさん、暇だな」
「おっさんは酷いな。おっさん傷付くよ。それにウソってわけじゃないの。世界中に散らばる俺の部下たちが、必死に集めてきた情報でな……」
 ユーリは身を起こした。
「はっはっ。ほんとに面白いおっさんだな」
 口調に含まれるのはまぎれもない皮肉。だが、男――レイヴンは意に介してないようだった。
「蛇の道は蛇。ためしに質問してよ。なんでも答えられるから。海賊ギルドが沈めたお宝か?最果ての地に住む賢人の話か?それとも、そうだな……」
「それよりここを出る方法を教えてくれ」
 重なる皮肉を、男は軽い調子で受け流す。
「何したか知らないけど、十日も大人しくしてれば、出してもらえるでしょ」
 ユーリは肩をすくめた。
「そんなに待ってたら、下町が湖になっちまうよ」
「下町……ああ、聞いた、聞いた。水道魔導器が壊れたそうじゃない」
 あくまでも大袈裟な口ぶりだが、心配しているようには聞こえない。
 レイヴンの言葉に応えるでもなく、ユーリは一人つぶやいた。
「今頃……どうなってんだかな」
「悪いね。その情報は持ってないわ」
 所詮は人ごとなのだろう。男の声から調子の良さは消えない。
 ユーリは軽く目を閉じた。
(先月、税の徴収にきた騎士ともめて、ぶち込まれたばかりだってのに、またここの世話になるとはな……)
 おもむろに立ち上がると独房の扉へと向かった。
(大人しくしてりゃ飯は出てくるとはいえ、ここのまずい飯だけは慣れねぇ。ったく、キュモールのせいで面倒なことになっちまったぜ)
 ここへきて、気がかりなことは倍増中だ。

「モルディオのやつもどうすっかな」
 扉の前でしゃがみこみ、駄目は元々で調べてみる。
「モルディオって、アスピオの?学術都市の天才魔導士とおたく関係あったの?」
 意外にも、ユーリの独り言にレイヴンが食い付いてきた。
「知ってるのか?」
「お? 知りたいか。知りたければ、それ相応の報酬をもらわないと……」
「学術都市アスピオの天才魔導士なんだろ? ごちそうさま」
「い、いや、違う、違うって。美食ギルドの長老の名だ。いや、まて、それは、あれか……」
 レイヴンは急に慌てだした。どことなくわざとらしい。
 付き合ってはいられない、ユーリがそう思った矢先、不意に扉の開く音が牢内に響いた。
「!」
 驚き、立ち上がったユーリの目の前を、重厚な鎧に身を包んだ壮年の男が横切っていく。
 鉄格子の間からでも分かる。あれは……。
 隣から、鍵の回す音と、そして独房の扉が開く音が聞こえてきた。
「出ろ」
 威厳を含んだ重々しい声。
「いいとこだったんですがねぇ」
 レイヴンの口調から調子の良さが薄れた。
「早くしろ」
 壮年の男はあくまでも威厳を崩さず、レイヴンを急がせているようだ。
(……騎士団長アレクセイが何で?)
「おっと」
 通り過ぎざまに、ユーリの目の前でレイヴンは膝をついた。こけたようでもなく、非常にわざとらしい仕草だ。
「騎士団長直々なんて、おっさん、何者だよ」
 小声で問うと、別の答えが返ってきた。
「……女神像の下」
 そう言って、床の上を滑らすように、ユーリの方へ何かを投げてよこす。
「何をしている」
 さすがに不審に思ったのか、騎士団長アレクセイが振り返った。
「はいはい、ただいま行きますって」
 慌てて走りゆくレイヴンを横目で見送り、ユーリは、投げてよこされたものをつまみあげ、まじまじと見つめた。
 まぎれもなく、それは鍵だった。
 牢の扉が開きそうな、無骨で薄汚れた鍵――。
「……そりゃ抜け出す方法、知りたいとは言ったけどな」
 あまりに胡散臭く、とても素直には喜べない。
 見張りもいることだろうし、先ほどの牢番はもうすぐ食事だとも言っていた。ここでは動かない方が無難なのは間違いない。間違い無いのだが……。
 試しに鍵を鍵穴へ差し込むと、扉は簡単に開いた。
「マジで開くのな」
 胡散臭いにもほどがある展開だ。
 一応、周囲を見渡す。
 ある音を耳にし、ユーリは靴音を立てないよう、壁のない牢番の詰所をのぞいてみた。
「相変わらずのザル警備かよ」
 牢番は机の上に突っ伏したまま、すやすやと眠りこけている。深い眠りなのか、規則正しい寝息のほかは、寝言一つ聞こえない。
「これなら抜け出せっけど、脱獄罪の上乗せは勘弁したいな」
 少しばかり考えてから、
「下町の様子を見に行くだけなら、朝までに戻ってこられるか……」と結論付けた。
 騎士に見つからずに戻ってこられれば、ずっとこの場所に居たと言い張れる……現行犯でなければ罪に問いにくいだろう……。
 抜け出すための口実を自分に言い聞かせる。
「女神像ってのも試す価値はありそうだ」
 牢から抜け出すことは出来た。次は城から抜け出すことだ。
 奪われた荷物をとり返し、ユーリ・ローウェルは慣れ親しんだ牢から脱獄した。
 





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※読まなくてもいい話
 このページのセリフ部分に関しては、ゲーム本編の同シーンを忠実に再現しました。
 スキットもまるまる一部入っています。
 冒頭で実は、アレクセイとつながりが……。
 ミョルゾでおっさんが離脱した時、ユーリが思い出すシーンで初めて気づきました。
 プレイしていた私も見事に忘れてたので、そりゃ、ユーリも思いだせんわと妙に納得。
 ゲーム本編の、こうした伏線の張り方は絶妙だと思います♪







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2009.06.11