牢 1

 
「知らぬこととはいえ、まったく無礼な振る舞いで……」
 シュヴァーン隊の詰所に入るなり、小隊長は平身低頭した。
 さきほどまでの騎士Aの振る舞いに対し、憤まんやるかたないようだ。

 詰所には他に数人騎士が居たが、皆、小隊長が連行してきた男を見るなり、姿勢を正した。
「いや。当然だろう」
 縄をほどかれる間、男は大した感情もなく言った。さして興味のない素振りだったが、小隊長はそうはとらえなかった。
(相も変わらず、何とお心の広い……)
「この後どうされますか? アレクセイ騎士団長閣下がお呼びでしたが……」
 小隊長の視線の先には、壁に立てかけられた黄金色の鎧一式がある。
 一般敵的な騎士が身につけているものとは明らかに異なる意匠と質。 見事な文様が刻まれた長めのマント。金細工で緻密な飾りが施された小太刀。
 隊をまとめるものしか身に付けることが出来ない権威の証。
 シュヴァーン隊の隊長の証。
「このままいったん牢へ。頃合をみて抜け出す」
 男の返答は意外なものだった。
「牢へ…でありますか?」
 小隊長は男の意図を測りかねた。
 市井(しせい)に紛れる時とは異なり、彼の顔から表情は消え、抑揚のない口調は、聞きようによっては冷たくさえ感じられる。感情を読み取りにくいのは確かだ。
 だが、それが理由ではなかった。
 むしろ小隊長にとっては、こちらの方が見慣れた姿に近い。
(なぜ今、牢などへお入りになるのか…)
 気まぐれというわけではないだろう。何か理由があるのだ。だが、このままでは騎士団長の命に背くことになりはしないかという不安があった。
「団長閣下には、俺の方から後ほど参上する。親衛隊へそう伝えろ」
「はっ!」
 背筋をのばし、小隊長は勢いよく返事した。
(さすがに見透かしておられる)
 隊長命令は絶対である。騎士ならばそこに疑問を挟んではならないのが鉄則だ。
(やはり何かお考えあってのことなのだ)
 詰所から牢まではそんなに距離はない。罪人をぶち込むように自然に振る舞わなければ…。
 特務上の秘密は、何があっても守らねばならないのだ……。
「ルブラン」
 名を呼ばれて、小隊長は飛び上りかけた。
「はっ。わたくしめに何か!?」
「俺が抜け出したあとでいい。牢の当直の者に差し入れしておけ」
 そう言って、男が着物のたもとから取り出したのは、袋に入った小さなグミ。
「こっ、これは、ミックスグミ!」
 ルブランを含め、その場にいたシュヴァーン隊の騎士全員が同じことを思った。
(隊長はやはり、下々の者のことまで思ってくださる……一粒1000ガルドもするグミを差し入れするとは)
「はっ、必ずやこのルブラン、隊長の命を遂行し……」
「行くぞ」
「はっ、はい!」
 別の騎士がすっと詰所の扉を開き、道を開けた。
 騎士と罪人……その姿勢を崩すことなく、2人は牢へと向かった。














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2009.06.11