レイヴンとフレンとそして温泉   

 「ちょっとぉー、どーゆーことよ、コレ!!???」
 ユウマンジュ温泉の入口付近、やや右の繁みのそばからレイヴンの悲鳴が聞こえた。
おっさん、分かりやすすぎだぜ?」
 女性陣が入浴する間、見張りを頼まれていたユーリは、げんなりした。あっという間に発見、しかも現行犯逮捕出来るタイミングではないか?
「はっっっ!」
 振り返ったレイヴンは、ユーリの予想に反し泣きついてきた。
「ちょっっと青年、コレ見てよ、この柵!!!! 前はこんなの無かったのに、今日来たらこんなにがっちり……これじゃどこからも入れないじゃない…」
「入んなよ……」
 まだ覗く気まんまんなのか……懲りないおっさんだとユーリはあきれた。
「前来た時、フレンが女湯調べてただろ? あの後、番頭にここが死角だとか外から入れそうだとか何とか、丁寧に教えてたぜ?」
「ぬぁんですってーーーーー?????」
 レイヴンはその場に倒れこんだ。
「……何でよ……新騎士団長様、厳しすぎだわ……ジュディスちゃん……ああジュディスちゃんが……」
 ホントにどうしようもないおっさんだなと、ユーリはレイヴンを引っ張り起こした。
「おっさん、犯罪はよくねぇぜ?」
「そうだよ! 僕、レイヴンのせいでフレンに誤解されちゃったんだよ」
「ぬぉ! 少年……いつから居たの」
「今だよ! エステルたちが上がったから、呼びに来たんだよ」
 タオル一丁のカロルが怨みがましくレイヴンをねめつけた。
「僕、レイヴンに無理やり共犯にされられただけなのに……フレンも納得しちゃうし。ユーリもひどいよ! なんで僕……」
「覗いたのがおっさんだって言ったらシャレになんねぇだろ? フレンの奴、すぐに逮捕して騎士団に突き出すぜ?」
 元隊長首席が、のぞきで逮捕とはあまり想像したくない姿だ……それはカロルも感じた。
「いいんだよ、カロル先生くらいのお年頃なら、フレンも目くじら立てねぇって」
 手をひらひらさせながらユーリは軽く言ったが、カロルは到底納得できないようだった。
「犯罪はいけないって言った時のフレン、目が笑ってなかった……」
 その時のことを思い出したのか、カロルの目がうつろになる。
「僕がどうしたって?」
「わあああっっっっ」
 カロルは思わずバックステップした。
「そんな格好でうろうろするものではないよ。風邪をひくし、他のお客さんが驚いてしまう」
 カロルの真後ろに、いつのまにかフレンが立っていた。騎士の姿ではなく、ユウマンジュでもらったラフな服装だ。
 その彼にやんわりと諌められ、カロルは動揺した。あうあうと口を開けるばかりで、何も答えられない。
「女性陣は温泉から上がりましたよ。僕たちも入りましょう」
 フレンに笑いかけられ、レイヴンはハハハとぎこちなく笑い返した。
「試されてる……?? やっぱり、おっさん試されてるのかしら???」
 がっくりと肩を落とし、しょんぼりとしたまま歩くレイヴンの背中をユーリは軽く叩いた。
「ほらしゃきっとしろよ。別にいいだろ? 次来た時は、この間みたいに一緒に入れるかもしれねぇぜ?」
「でもそれじゃ、全然意味ないわ…。衝立ごしだし……リタっちからファイアーボールが飛んでくるし」
 リタの言う牽制球は、基本的に死球である。レイヴンがおかしな動きをする前に、息の根まで止める…そんな意気込みすら感じられる。
(まあ、おっさんにはいい薬だよな)
「? ファイアーボールがどうしたんですか?」
 振り返ったフレンに、レイヴンはあからさまにビクついた。
「な……何でもないわよ? ちょっと戦闘時の戦略のことで青年と……」
「ああ、いいですね。ぜひ僕にも聞かせてください」
 フレンの目がキラキラしている。この眼は「レイヴン」にというよりも、「シュヴァーン」の話を聞きたい……そんな思いがひしひしと伝わってくる眼だ。
「おっさん、ヤブヘビだな」
 冷静を装ってはいるが、ユーリが笑いを噛み殺しているのは明白だ。
「ううう……どーしてこーなるのよ」

「ファイアーボールというとリタですか? 彼女の魔術は聞きしに勝る威力だと僕も思います。ああ、そうか!」
 フレンは納得したように頷いた。
「魔術を起点とした戦略のことなんですね。とくに魔術を使えないユーリやラピード、カロルやジュディスといかに連携し連続して攻撃出来るかが鍵で……」
 いったいどんな素晴らしい話が聴けるのだろう。フレンのさわやかな顔が、期待という文字で埋め尽くされている。
「えー、あー……ちょっと青年ーーーー?」
 助けを求めるようにユーリを見やったレイヴンだが、そこにもう彼の姿はなかった。慌てて周囲を見渡すと、2人を残してさっさと男湯に向かう長い黒髪が見える。
「ちょ……待ってよ、置いてかないでよーーー?」
「……レイヴンさん、ユーリとはそのような素晴らしい話をするのに、僕とはお嫌なんですか?」
「えっ!!!??」
 先ほどまであれだけ輝いていた顔が嘘のように、うつむき加減のフレンには失望の色が濃い。
「よくよく考えれば、シュヴァーン隊長はあまり僕とはお話ししてくださらなかった……。僕がまだ未熟だからですね……」
 声まで張りを失い、低くよどんでいる。

 レイヴンはぎょっとして、手を左右に振った。
「いやいやそ…そんなことはないわよ? フレンちゃん、ホントによく頑張ってるじゃない」
 ユウマンジュの女湯に柵をこしらえるほど……。
「! では、僕にもお話を聞かせてくれるんですね!」
 再び、フレンの顔が明るく輝く。
「え゛………あ……だから……」
 万事休す……それはこのような場面のことを言うのか……レイヴンは後ずさりしながら、この場を逃れるうまい言い訳はないか必死に思考を巡らせた。



「いいお風呂だったね、ユーリ」
 フレンに釘を刺されたせいか、カロルはタオル一丁をやめ、普段の服装だ。
「そうだな。まあ……おっさんはそれどころじゃ無かったみてぇだけどな」
  湯につかる間も、フレンからの質問攻めにあい、レイヴンは完全に参っている様子だった。実際、ユーリは何度となくレイヴンからの救援要請の目くばせを受け取ったが、全て無視した。
「フレンの奴、言い出したらきかねえからな」
「でも、僕、意外だったな。レイヴン、けっこうちゃんと答えてたよ?」
 魔物との戦い方だけでなく、戦闘の際の攻め時と引き際、多人数を指揮する上での注意点、そして、戦略を踏まえた上での隊の動かし方など、高度な質問にもレイヴンは答えていた。その口調はあくまでものらりくらりとしていて、聞きようによってはふざけているようにも受け取れる。
 だが、どこまでも真剣なフレンの顔を見れば、レイヴンの口にする内容が的外れでないことは容易に理解できた。
「フレンにとっちゃ、数少ない相談できる相手……か」
 騎士団内部のことをフレンはあまり口にしなかった。それはユーリも同じだ。自分の持つ悩みや迷いを口にする相手は、フレンではない。それは弱みを見せたくないだけかもしれないし、互いを知りつくした友であるからかもしれない。
「そういや……」
 事と次第によってはエステルを討たなければならならい……その現実と正面から向き合っていた時、何気なく言葉をかけてきたのはレイヴンだった。
 まるでユーリの心の内を読み取ったかのように。
「……やっぱ、おっさん……年の功だな」
「そうだね、レイヴンさんからは、とてもいいお話が聞けたよ」
 ユーリやカロルよりもやや遅れて湯から上がったフレンだが、その理由はレイヴンを質問攻めにしたせいだ。
 よほど嬉しかったのか、空色の瞳が満足感に満ち溢れている。
 ユーリには、フレンの抱く尊敬の感情というのは、やや解り辛いところがあった。それは何もユーリに限ったことではない。「シュヴァーン」を知らない仲間たちはみなそうだろう。
「? そういやおっさん……どこ行ったんだ?」
  フレンと一緒に上がったはずだが、レイヴンの姿が見えない。
「僕、ちょっと探してくる!」
 カロルが駈け出す。まっすぐ外に向かって……。
「いや、もう覗こうとはしねぇだろ…」
 女性陣は上がったあとだし、何より、変質者よけのガッチリとした柵がそびえている。
「そういや、おまえ、この間みたいにレイヴンの見張り、今回はしなかったな」
 まあ、あれだけ強固な柵では、さすがのレイヴンもあきらめざるを得ないだろうが。
「ああ、そのことなんだけどね、ユーリ」
 2人は男湯ののれんをくぐり、休憩所に向かう。
「あれから色々と考えたんだ。レイヴンさんのとった行動について」
 畳の上に腰を下ろし、フレンはタオルで顔を軽くふいた。泉質は確かなようで、ほてった体から中々汗がひかない。
「行動…ね」
 そんなものイチイチ考える必要はないのではないか……ユーリは思った。おっさんのアレは、下心以外の何ものでもない。だからこそマズイのではあるが。
 フレンの目が真剣味を帯びる。これは、そのマズイ結果に辿り着いたかもしれない……ユーリが危惧した直後……
「レイヴンさんは……行動をもって僕に教えてくれたんだ。女湯が危険であることを」
「はあ?」
 思いもよらない返答に、ユーリは聴き返した。どうやったらそんな答えに辿り着くのか……。
「レイヴンさんがあのような行動に出なければ、僕は女湯を調べることも無かった……調べてみたら案の定、進入経路や死角を発見することができた……」
(おいおい………)
 再び女湯をのぞこうとしていたレイヴンを鋭い口調でいさめたフレンであったが、そのあとレイヴンについて考え込んでいる風だった。その思案の末に生まれた答えが、まさかコレとは……。
「言葉で語るのではなく、行動をもって示す……中々できないことだよ」
「いや、おまえ、それ、使いどころ間違ってるだろ?」
 ユーリにつっこまれたにもかかわらず、フレンはまるで意に介してないようだった。
「今日もう一度柵の点検をしてみたんだが、もう少し高さがあってもいいと思ってね。清掃時に、また確認させてもらうつもりだよ」
 これではますます、レイヴンが気を落とすに違いない。
(そういや、おっさん、本当にどこ行ったんだ?)
 周囲を見回すがそれらしい姿は………
「……何やってんだ、おっさん……」
 ユーリはみつけた。お土産物屋の前で這いつくばっているレイヴンを。
 なぜ今まで気付かなかったかといえば、土産物屋の前にはたくさんの人だかりが出来、あまりの混雑に何がどうなっているのかまるで分からない状態だったからだ。
 無論、人々のお目当ては美しい看板娘である。そしてレイヴンのお目当ても……。
 青く長い髪を纏め、丈の恐ろしく短い着物に身を包んだクリティア族の女性――ジュディスは笑顔をふりまきながら、迅速かつ丁寧な接客でどんどん店の売上を伸ばしている。
 彼女が槍を持ち勇猛果敢に戦う姿など、店の客も店主も想像出来ないに違いない。
 そして、エロパワーをさく裂させている男が元騎士であることも……。
「目ぇ覚ませ、フレン。現実はアレだぜ?」
 残念ながらユーリの言葉はフレンの耳には届かなかった。
「露天風呂というからには開放感は大切だ。だがそもそも、男湯と女湯の間の衝立が途中で切れているのは、やはりおかしいのではないか……」
 新たなる露天風呂構想に夢中である。
(これで男湯と女湯がきっちり分けられたら、おっさんは憤死するな)
 くだんのレイヴンはといえば、どの角度が絶好ポイントなのか、這いつくばったままうろうろしている。さながら地面をはうビートルのようだ。
 いくら相手が仲間とはいえ犯罪はよくはないだろう。腰を上げたユーリだったが、すでに先客が居た。
「ちょっとレイヴン、何してるの? 踏んづけられちゃうよ?」
 人に揉まれながら、カロルが必死にレイヴンを引っ張っている。
「待ちなさいって少年! もうちょっとなのよ、もうちょっとでジュディスちゃんの……」
「ジュディスの何が見えるってぇーーーー???」
「んげぇっっっ! リタっち……」
 這いつくばったままのレイヴンの前で、リタが詠唱を始めている。
「いや、その、おっさん、落し物しただけなのよ? アップルグミ探してただけ……」
「死ぬまで探してろーーーーーーーーー!!!!! このエロガッパーーーーー!!!!!」
「んぎゃーーーー!!!!」
 炸裂した魔術は、レイヴンだけを狙い撃ちした。フレンのいう「聞きしに勝る威力」は、この場においてもいかんなく発揮されているようだった。
「俺、行く必要無かったな」
 吹っ飛ばされたレイヴンは、ユーリとフレンが休んでいた休憩所の畳の上に叩きつけられ、そのままごろごろと転がってゆく。
「……俺様、まだ何もやってないのに……」
 半分床に落ちかけながら、レイヴンは涙目で訴えた。打ち所が悪かったのか、それとも湯上りでのぼせすぎたのか鼻血まで出ている。
「おっさん、毎度毎度懲りねぇな」 
「レ……レイヴンさん!? 一体どうしたんですか?」
 フレンが慌ててレイヴンを助け起こしている。
「……イヤ、気付くの遅すぎだろ?」
 店の客たちも突然の出来事にざわざわと騒ぎ始めたが、ジュディスが新商品の説明を始めると、みな鼻の下を伸ばして見入ってしまった。30すぎのおっさんよりも色気たっぷりな女性の方が注目を集めるのは当然の成り行きだった。
「あーもー、もうちょっとだったのに……あと、あと爪の先分……」
 悔しくてたまらなさそうなレイヴンとは対照的に、フレンは言葉の意味が分からず、きょとんとしている。とりあえず、ファーストエイドでレイヴンの鼻血は止めたフレンだったが、すぐにその表情が険しくなる。
「シュヴァーン隊長がこんなに簡単に攻撃を受けてしまうなんて……一体どうしてこんなことに……まさか、魔物が急襲…!!???」
 装備品を入れてあるロッカーへ走ろうとしたフレンを、ユーリとレイヴンが必死にとどめた。
「いや、おっさん、ちょっと転んだだけだから……」
「まあ、落ち着けっての! 客も騒いでねえだろ?」
 タイミングが悪い時というのは重なるものである。一体どんな説明をしたのか、ジュディスが事細かに魅力を語った本日新発売のお土産、「マーボーカレーまんじゅう」に客が殺到し、売店は上へ下への大騒ぎになっていた。
「大変だ! みんなを避難させないと」
「だから落ち着けっての!」
「ちょっと青年ーーー、おまえさんの親友、天然入ってる気がするわよー??」
  ユーリが腕をレイヴンが足を抑えてはいるが、それでもフレンは突き進もうとしている。
 男3人がわあわあと騒いでいるのを、エステルは遠巻きに眺めていた。
「何だかみんな、仲良くて楽しそうです…」
 うらやましそうな声を遮るように、リタがどすんとソファに腰を下ろす。
「楽しそう? アレがぁ? ばかっぽーい」
「ウチも楽しそうに見えるのじゃ! リタ姐は素直ではないのう」
 パティが言い終わるか終らないかのうちに、リタが「見たまんまの感想言ってるだけでしょ!」と反論した。つーんとそっぽを向く。
「あら、私はとても素直な反応だと思うのだけれど」
 バイトが終わったのだろう、ジュディスが看板娘の衣装のまま、ソファでくつろぐ女性陣の中に戻ってきた。
「なななな…何が素直なのよーーーー!」
 リタが顔を真っ赤にして否定する。パティが年齢にふさわしくない、大人びたため息を吐いた。
「リタ姐は素直でも素直でなくても、どっちでも怒りだすのじゃ」
 おおっとポンと手を打つ。
「だから素直なのじゃの!!! ジュディス姐はさすがじゃ!」
「え?どういうことです? パティ、私にも分かりやすく教えてくれませんか?」
「いいわ、エステル。私が教えてあげる」
 ジュディスがあでやかに微笑む。エステルは思った。たった1歳上なだけなのに、どうしてこんなにジュディスは大人なのだろう。ただよう色香は10代後半のものではない。
「むうージュディス姐、ウチがちゃーんとリタ姐の秘密を教えるのじゃ!」
「ええっっっ? リタに何か秘密があったんです?」
「ちょっと…あんたたちーーー! 人を話の種にして、何やってんのよーーー」

 わあわあ騒いでいる女性陣を遠巻きに眺めながら、カロルがユーリに笑いかけた。
「何だか、エステルたち、楽しそうだね」
「まあ、仲良くやってるみてぇだな」
 ジュディスはエステルに対して、時に辛辣ともいえる言葉をかけていたが、それはひとえにエステルのことを思ってのことだろう。興味が無くどうでもいい人間に対して苦言を呈するほど、ユーリもジュディスもおせっかいではなかった。
「まー、おっさんはー、ジュディスちゃん限定でー仲良くなりたいわー」
 「? それは戦闘時の連携をスムーズにするためですか?」
 真顔で問いかけるフレンに、レイヴンはずずずっと後ずさる。
「え゛、フレンちゃん聞いてたの?」
「そうですよね、やはり仲間との信頼関係がよりよい連携を生むのであって………」
 再び魔の質問攻めに合っているレイヴンに、ユーリとカロルは2人してつぶやいた。
「ふりだしに戻る……」
 こうして、ユウマンジュ温泉の1日は過ぎてゆくのであった。


 
 

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参考サブイベント……「良い上司」「温泉バイトアゲイン」
+++読まなくてもいい話+++
温泉です。フレンは正直、箱版では真面目な方だと思ってましたが、PS3版では天然!?かもしれないと疑っております。そして、箱版の時よりもたぶん、何十倍も好きになりました。愛のあまり、フレンのキャラが壊れてるかもです。スミマセン……。
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2010. 2.19.















 

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