騎士Aが捕まえた男 3

 騎士Aは、怪しい男を連行したまま、城門の脇から裏手側に回り、通用門を通り抜けた。
 城内に入り、牢番に引き渡せば彼の仕事は終わる。
「いいか、人の物を盗むなんて、二度とするんじゃないぞ」
 無駄と分かっていながらも、騎士Aは一応声をかけた。
 罪を犯したという認識が薄いようだが、だからこそ、言うべきことは言っておかねば!
 だが……
「はーい」
 返答は無意味に明るかった。明るすぎた。
 騎士Aは頭を抱えた。
 やっぱりダメだ。ダメどころか、まともに通じてない気がする……。
「具合悪そうね? 無理しない方がいいわよ?」
 逆に心配される始末だ。
(もうどうしたらいいんだ、コレ?)
  一番いいのは、牢番に引き渡すことだ。これは最初から分かっている。
 だが、城内に入るなり、シュヴァーン隊の騎士に呼び止められた。

「おい、おまえ、持ち場に急いで戻れ」
 先ほどの騎士ではない。もっと位が上の小隊長クラスの騎士だ。
 騎士Aは慌てて敬礼した。
「どうしたのでありますか!?」
「貴族街で乱闘騒ぎが起きたのだ。下級騎士が2人、不法侵入者にやられたらしい。今、キュモール隊が駆けつけている」
 犯罪者はここで引き渡し、応援に行けということだろう。
 やれやれと思うのと同時に、騎士Aの脳裏を黒髪の若者の姿がよぎった。。
「はっ。ただちに戻り……」
「あちゃー……」
 隣でなぜか、捕まえた男が肩を落としていた。
「……せっかく手柄を立てさせてやろうと思ったのにねぇ……」
「!? そうだ、おまえ! おまえが余計なこと言ったせいでユーリが…」
 騎士Aは思わず声を上げてしまった。
 ユーリという名を聞いたとたん、小隊長は眉間に深い皺を寄せ、あからさまに急きたてた。
「おい、何をしている! 早く持ち場へ…」
「あれ? 騎士サマ、あの青年と知り合いなんだ」
 のほほんと突っ立っていた男が、急に興味を示した。
「え? ああ。知り合いというか…」
 なぜか小隊長は押し黙ってしまったが、騎士Aは気づかなかった。
「黒髪長髪で犬を連れたヤツなんて一人しかいないよ。…騎士団の同期だからな」
 もう一人の同期、フレンは出世頭だ。現在は小隊長だが、近々隊長に昇進するのではないかと噂が絶えない。
 そうなれば、シュヴァーン隊長に続き、平民出では二人目の隊長となる。 貴族であるキュモール隊長の苛立ちは計り知れないことだろう。
(配属されるならキュモール隊はもってのほかだし、フレンが隊長になったとして、同期だからやりづらいし)
 結局、シュヴァーン隊が一番望ましいことに変わりないのだ。
「俺様と同じ犯罪者でしょ、何でかばうのよ」
 男が口をとがらせた。
「はぁ? そんなことどうでもいいだろう。おまえと違って、無駄口叩いている暇は無いんだ」
 踵(きびす)を返そうとした騎士Aはギョッとした。シュヴァーン隊の小隊長が怒りの形相でにらみつけている。
(うわ、むちゃくちゃ怒ってるじゃないか…)
「失礼しました!」
 騎士Aは姿勢を正した。正しながら、兜の中で眉が八の時になっていた。
(今日は何てついてない日なんだ…犯罪者はコレだし、小隊長には睨まれるし)
た…ただちに持ち場へ戻ります!」
「……いや、いい」
 戻りかけた騎士Aは、慌てて振り返った。
「所用を思い出した。ここでしばらく、このか…この男の相手をしていろ」
 青筋を立てたまま、小隊長は城内に入ってすぐのシュヴァーン隊の詰所へと入っていく。
(えっっ? 俺、戻らなくてもいいのか?)
「ねー、黒髪のあんちゃんだけ庇うなんて差別じゃない。俺様も見逃して♪」
 小隊長がいなくなったのをいいことに、男が再び無理な要求をし始めた。
(俺より10は年が上だろうに……こんなおっさんにはなりたくないよな…)
 騎士Aの疲労はさらに大きくなってきた。
 こんなにうさん臭いおっさんの相手を、牢を目前にして何でしないといけないんだ!
 早くぶちこんで縁を切りたい!!!
(あの方にそっくりに見えたなんて、俺、ホント、疲れてるわ…)
「犯罪者を見逃せるわけないだろうが」
 断固たる口調で、騎士Aは男の要求を突っぱねた。
「えー…? だって、貴族のお屋敷に無断で侵入よ? やってること完全に犯罪じゃない」
 男はブーブーと不平をもらしている。
「いいか、あいつをおまえと一緒にするな。ユーリが何か揉め事を起こす時は、決まって下町関係なんだよ。正義感が人一倍強いからな、」
「だからって、定められた法を犯していい理由にはならない」
 騎士Aは男をまじまじと見つめた。一瞬、声のトーンが違って聞こえたが……?
「違う?」
 肩目をつむって男はおどけてみせた。
「いや、そうなんだけど……でもな、騎士の本分は市民を守ることでもあるだろ。俺、下町の住民に頼まれたんだよ。壊れた水道魔導器(アクエブラスティア)をどうにかしてくれって」
「ああ、水びたしで、ひどい有様だったわね」
 勢いよくあふれ出た水は、下町を嘗めつくすように広がっていき、多くの家々が浸水に見舞われていた。
 今も必至で土嚢(どのう)を積み、少しでも被害を食い止めようと、作業を続けている。
「いつもなら下町出身のフレンがどうにかするんだけど、今は居ないみたいでな。上に掛け合いたかったけど、管轄がまるで違うから…」
「まあ、取り合ってはもらえんわな」
 うんうんと男がうなずいている。
(いや、おまえ、何も知らないだろ?)
「あんまり大きな声ではいえないが、どうも魔導器の修理にたずさわった貴族が怪しいとかで……」
「それで家宅侵入かあ……そりゃ、騎士には向かないわー」
 そう言われて、騎士Aはふと我に返った。同期とはいえ、ユーリを庇いたいと思う時点で、自分も騎士には向いてないのかもしれない。
「そうだな……法や規則で行動が縛られるのがイヤで、結局ユーリは騎士団をやめちまったんだしな」
 同期の他の連中と一緒になって、台所のカレーを盗み食いしたり、武器庫に忍び込んで上等な武醒魔導器(ボーディブラスティア)を物色したり、ユーリはかなり強烈な記憶をみんなに残して去って行った。
 弱い立場の者こそ守りたい――その強い正義感も含めて……。
「人にはそれぞれ、適した道ってのがあるもんなのよ。おまえさん、口がちょっと軽いのが気になるけど、騎士には向いてるんじゃないの?」
 まるで心を見透かされたような言葉に、騎士Aはドキリとした。
(このおっさん何者だ?)
「あー、おっさんが言うのも何だけど、そろそろ持ち場に戻った方がいいんじゃないかしら?」
 男が言い終わらない内に、先ほどの小隊長が駆けつけた。
「この男は私が牢番に引き渡す。戻ってよし!」
「はっ」
(??? 何なんだ一体……)
 よく分からないが、とにかくこれで、このうさん臭いおっさんとは縁が切れそうだ。
 騎士Aはほっとして、城を後にした。


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***読まなくてもいい話***
騎士Aについての余談。
 騎士A……ゲーム本編で登場する、エステル救出直後、フレンの部屋の前に立っているフレン隊の騎士がモデル。ユーリと同期であること、また、レイヴンをかつてつかまえたことがあることなど、かなり興味深いセリフを言っている。(セリフでは、シュヴァーン隊長のそっくりさんという表現を用いていた)
エステル救出後にレイヴンが牢屋に居たのも、レイヴンに頼みこまれ、この騎士がぶち込んだそうな。
 


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2009.06.03