騎士Aが捕まえた男 1

 「おおーい、そいつを捕まえてくれ!」
 騎士Aが振り返ると、派手な上着をなびかせて、男が一人走ってきた。
 いや、正確には、後ろから別の騎士に追いかけられ、逃げてきたようだ。
「おい、こら、おまえ!」
 騎士Aはすれ違いざまに男のびらびらとした上着をつかみ、そのまま腕を取ってねじり上げようとした。
「?」
 上着は掴んだのに、騎士Aが伸ばした手の先にあったのは空気だけ。
 (かわされた?)
 そんなはずはない。騎士として、剣だけではなく体術も会得した。
 騎士Aは、それなりに腕に自信があった。
(思い過ごし…か…?)
「あーあ…つかまっちまったわ」
 上着を掴まれただけなのに、男はあっさり両手を上げ降参の姿勢を取っている。
 うさん臭い男だった。
 派手な色の異国風の上着に、ざんばら頭。帝都ではあまり見かけないが、いかにも「ギルド風」だ。
「すまない。協力感謝する」
 遅れて騎士が到着した。左右で肩あての色が違う。シュヴァーン隊の騎士だ。
 騎士Aは配属されるならシュヴァーン隊が良かったと常日頃から思っていた。
 何しろ騎士団の中で隊長首席といえば、騎士団長に次ぐ地位である。隊に属すれば名誉なことだし、シュヴァーン隊長は特務が多く年の半分は帝都に居ない。
 「亭主元気で留守がいい」とは、田舎に残した母の言葉だが、意味は違えど、同じような思いを騎士Aも抱いていた。
 (キュモールと違って、出来た人らしいし)
 職務に対して厳しいが、気さくな面も持ち合わせていると聞く。
(でも俺、あんまりお会いしたことないからなあ…)
 同じ騎士団でも、隊長クラスともなれば、雲の上の存在である。
 そんな彼の思いをよそに、捕まえた男が、親指と人差し指で円を作ってみせた。
「見逃してって言ったら怒る? 払うもんは払うし」
 あきらかに金銭を示唆している。
 うさん臭いだけではなく、賄賂などという不正手段まで講じようとするとは!
 何てヤツだ!

「おまえ、帝国騎士を愚老してるのか!」
 怒鳴りつけられ、男は肩をすくめた。
「なるほど、仕事に真面目な騎士サマなのね。よーく覚えておくわ」
 男は素直に両手を差し出した。打って変って殊勝な態度だ。
(何なんだ、一体?)
「おまえ、良かったな」
 その手に縄を捲きながら、シュヴァーン隊の騎士が小さく言った。縄を捲かれている男にではない。騎士Aに向かってだ。
 (どこがいいんだ? 報復してやるみたいに聞こえたぞ!?)
 下町の住人にしろ、この男のような犯罪者にしろ、恨みを買うのには慣れてはきたが、それでも気分がいいものではない。騎士Aは大きくため息を吐いた。
「こいつ、だいたい何をしたんだ?」

「この男は窃盗犯だ。捕まえて牢にぶち込めと隊長命令があった」
 (隊長命令?)
 予期せぬ答えに、思わず訊き返す。
「シュヴァーン隊長は特務で帝都を離れていると聞いたが…」
「……先ほど、お戻りになられた」
「へぇ…」
  両手に縄をかけられた男を騎士Aに引き渡すと、シュヴァーン隊の騎士は深々と一礼した。
「では、私は任務に戻ります」
(? なんか、最後だけやたら丁寧だな)
「…ああ。こいつは俺がちゃんと牢にぶちこんどくよ」
 応える騎士Aのかたわらで、捕まえた男が「ご苦労さん」とのんきに声をかけている。
「コラ、おまえ、何様のつもりだ! 窃盗犯のクセに」
「やーねー、まじめな騎士サマの苦労をねぎらっただけじゃない」
「ふざけてるのか!?」
 去ろうとしたシュヴァーン隊の騎士が、一瞬振り返った。兜のために表情は見えない。
「…あー、大丈夫だ。すぐ牢番に引き渡す」
(何やってんだ、俺は)
 帝国騎士たるもの、こんな犯罪者の言うことに、いちいちムキになる必要はないのだ。
 冷静に、冷静に……。
 男を引き連れながら、騎士Aは尋問してみた。
「おまえ、窃盗犯ということだが、何を盗んだんだ? 金か?」
「りんご」
「はあ?」
「屋台で美味そうなりんごがあったのよね。それで、そのまま手に取って食べたら捕まったわけ」
「そりゃ、捕まるだろ……」
「だってお金ないしぃ、後でウチのものに払わせようと……」
 こいつアホか? どこの貴族のぼっちゃんだ!?  赤い髪の公爵子息しかやりそうにないだろ、それ!?
「何だろうなあ…おまえを尋問する気が失せたよ。さっきの騎士に仔細を聞いとくんだった」
「え!? 何言ってんの!? 頑張ろうよ、騎士どの!」
「いや…頑張るも何も……」
 この男といると、なぜか調子が狂う。
 騎士Aは思った。
 早く牢番に引き渡そう。それが一番いいのだ。




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2009.05.21.