ファーストエイド☆   

 「愛してるぜぇっ!」
 レイヴンの掛け声とともに、光の矢が弧を描いてリタに向かって飛んだ。
 傷の回復と同時に、リタが魔法を解き放つ。
「スプラッシュ!!!」
 吹き出した水が次々と魔物たちを浮き上がらせた。断末魔の悲鳴とともに、そのまま水にのみ込まれ消え去ってゆく。
「うわー、危なかったね」
 カロルが膝をついて息をした。
「まったくだな」
 ユーリの息もまた乱れている。
 雑魚だと思って油断したのが、まずかったのかもしれない。かなり体力を消耗し、傷も受けた。
「大体ひどいよ、レイヴン! リタより、僕やユーリの方が傷がひどかったのに!!!」
 ミックスグミを頬張りながらカロルが抗議する。
「無駄だ、カロル。残念ながら、おっさんは女性限定の博愛主義者らしいからな」
 レモングミを口に入れたユーリは、酸っぱいのか、やや顔をしかめた。
「あー、さっすがユーリだわ。よく分かってるじゃないのよ」
 レイヴンがうんうんと頷く。
「たとえ、つるぺたなリタっちでも、ヤローよりはいちおー優先しないと………ぐはぁっっっ!!!!」
 レイヴンの額にリタの放った本が突き刺さった。
「……リタの被害者って、最初僕だったんだけど、レイヴンのおかげで被害が減ったんだよね……」
「いやー、それは喜ばしいな、カロル先生」
 棒読みのユーリに、カロルはややすねた。
「ユーリ、ホントは面白がってたでしょ?」
「そんなこたぁねぇよ」
「嘘だ!! ユーリの顔が面白かったって言ってる!!!」
「うるさぁーーい!」
 カロルの頬を何かがかすめた。リタの投げたバーニングブラッドだ。
 おそるおそる向き直る。今にもゴーグルを突き破って鋭いツノが出てくるんじゃないか……そんな不安にかられるほど、リタは恐ろしい顔つきになっていた。
「僕? 僕が悪いの?」
 あからさまにおびえたカロルに、ユーリがそっと耳打ちする。
「いや違うぞ、カロル先生。これは……」
 額をおさえたまま、レイヴンがおどおどとしている。
「え? どったの、リタっち??」 
 リタの拳がぶるぶると震えている。つかつかと歩み寄り仁王立ちしたのは、カロルではなく、レイヴンの前だった。
「前々から思ってはいたけど……」
「いやいやいや、俺様、何にもしてないよね? ねっ??」
 セクハラ発言を棚に上げ、完全におよび腰のレイヴンに向かって、リタは指をびしっと突き付けた。
「うざいっっっ!!!! おっさん、うざすぎ!!!! 何で技をかける掛け声が、あーんなうざい言葉なの!?」
 リタがなぜ怒っているのかまるでわからず、レイヴンはきょとんとした。
「え? 回復技のこと? だっておっさんの愛が飛んでく……」
「墜落しろーーーーー!!!!」
「うぎゃー!!!」
 レイヴンの悲鳴がこだまする中、ユーリは空を見上げた。
「すげぇな。コンボが決まってら」
「感心してる場合じゃないよ、ユーリ!」
「いやいやカロル先生。ヒット数が多かったり、コンボが決まるのはいいことだぜ?」
 カロルはあうあうとしか言えなかった。返す言葉がないとはこういうことを言うのか……。
「何のさわぎです?」
 エステルが慌てて駆けつけた。その後ろをジュディスが悠然と歩いてくる。
「いや、騒ぎってほどのことでもないんだが…」
 ユーリの視線の先には、ボコボコにされたレイヴンが地面でのびていた。
「大変です! 聖なる活力ここへ……」
 エステルは慌てて治癒術をかけた。そして原因を作ったであろう人物を振り返る。
「いったい、どうしたんです、リタ。 今度は何をレイヴンが言ったんです?」
「じょ……じょーちゃん、俺様が何か言ったって確定なの?」
 横たわったまま、ぐすんぐすんとレイヴンが泣き真似をしている。
「あ、えっとすみません、レイヴン」
「謝ることなんてないわよ、エステル!  おっさんがうざくてムカつくこと言ったのは事実なんだから!」
 ボコボコにされても当然とばかりにリタは腕組みする。
「私とエステルがお買い物に行ってた間に、何か楽しそうなことがあったのね。残念だわ、見られなくて」
 頬に手をあてて困り顔をするジュディスに、カロルはうつろな眼差しを向けた。
「…これって楽しそうなことなの……?」
「ジュディ、頼むから、いたいけなカロル先生を混乱させないでくれ」
「ごめんなさいね、カロル」
 艶然とほほ笑まれ、カロルは少し赤くなった。
「でも、本当に何があったんです?」
 首をかしげるエステルに、カロルがかいつまんで説明した。
 セクハラ発言のこと、回復技をかける時の掛け声のこと。
「そういえば、レイヴンのあの技ってかけ声が必要なんでしょうか」
 セクハラ発言については、すでに何か恐ろしい制裁が加えられた跡が見てとれたので、誰も触れなかったが、技の掛け声については、確かにと思うところがそれぞれあったのだろう。
 エステルだけではなく他の仲間たちも口ぐちに意見を述べた。
「確かに不気味だよな」
「ワン、ワンッ」
「え? 僕は、あんまり気にならなかったけど」
「あら、ごめんなさい。私、戦うのに精一杯で、全然聞こえていなかったわ」
「……一番キツい一言よね、あんたのは」
 ジュディスの言葉にリタがつっこみを入れた。
「あら、本当のことですもの」
 よろよろと身を起こしたレイヴンがわざとらしく鼻をすすった。
「そ…そんなジュディスちゃん、一番愛情込めてたじゃない」
「キモい!」
「ぐはっ!」
 リタの帯がひゅっとうなりを上げ、レイヴンをはたく。
「しどい……リタっち……」
 ユーリがため息交じりのまま、レイヴンに手をかした。
「立てるか? おっさん」
「ありがとー青年」
 よっこらしょと言って立ち上がるレイヴンをよそに、リタはむうっとむくれたままだった。
「そもそもあの技って何? 光の矢が飛ぶっていうのがよく分かんないわ」
「実は魔術なんでしょうか?」
「嬢ちゃん当たりよー!!!」
 大きな声で突然名を呼ばれ、エステルはおもわずビクついた。
「俺様の“愛の快針”でしょ? あれ、実はファーストエイドなのよ?」
「はあぁあぁぁぁぁあ???」
 リタがあからさまに不審な顔をした。
「ええっっ!!! そうだったんです?」
 リタとは対照的なエステルの驚きぶりに、レイヴンは得意顔になった。
「そーよ? 知らなかった? 普通にファーストエイドするんじゃ、つまんないでしょ? だーかーらー術を矢にして飛ばしてんのよー」
「すごいです、レイヴン! 噂では聞いてましたが、まさに文武両道なんですね!」
 リタはげんなりした。いったいどんな噂がお城の中では飛び交っていたのか……想像の範囲を超えている。
「そもそも何であんたが治癒術使えるのよ!」
「だって青年の親友も使えるでしょ?」
 振られてユーリは思案顔になった。
「まあ、そうだな。けど、フレンが使えることと何の関係があるんだ?」
「騎士団で配給される武醒魔導器(ボーディブラスティア)って、かなり上等なのよ。特に小隊長以上のだと、鍛練を重ねれば治癒術も使えるようになるの」
「ちょっと! 聞いたことないわよ、そんな話!!!」
 リタがつっかかった。
 武醒魔導器から得られる術技は、個人の素質に左右されることが多い。もしレイヴンの話が本当なら、魔導器の定説が覆されることになってしまう。

「もー、リタっちは本ばっかり読んでるから、現実に追いついてないんじゃなあい? 百聞は一見にしかずって言うでしょ」
 片目をつむるレイヴンに、リタは言い返せなかった。
 彼の言うことも一理ある。
 何しろ心臓魔導器など……生命力を動力とする魔導器など存在するとは思わなかったのだから。
 それに、旅を始めたことでヘルメス式の存在を知った。それまで、そんな魔導器があることなど気付きもしなかった。
 アスピオとエフミドの丘など大して距離も無かったのに。
 目と鼻の先で設置されていたというのに。
「え……じゃ、ホントに?」
 眼を大きく見開くリタに、レイヴンは顎に手をあて目を伏せる。
「やっとリタっちも、俺様の偉大さに気がついたようね」
「そうね……」
 治癒術が使えるだけでも新発見である。さらにその術を自分の思うがままの形にして飛ばすなど、術式の組方だけでは解明できない高度な技術を要するはずだ。
「まさか………あんたの心臓魔導器に秘密がーーー!!!???」
「ちょっっっ、リタっち、セクハラ!!! セクハラよ、助けてぇー!!!」
 レイヴンのシャツのボタンを外そうとするリタをエステルが必死で押しとどめた。
「ダメです、リタ! 若い女の子がそんなことしちゃダメです! はしたないです!!!」
「うふ、楽しそうね」
 少し距離を置き、ジュディスは傍観に徹している。
「俺様、ジュディスちゃんならOKなのにー」
 もみくちゃにされながら、レイヴンが恨めしそうにジュディスに視線を投げかけた。
「何よ、差別!?」
 リタの拳がうなりを上げた。
「ひいーっ!!」
 拳をすんでのところでかわして、レイヴンがダッシュで逃げる。それをファイアーボールが追尾してゆく。
「リタは心臓魔導器がからむと急に積極的だよな。おっさんがユウマンジュでもらった服着てた時、キモいとか言ってあんなに近寄らなかったのに」
 ほどほどにしといてくれよと言わんばかりのユーリの隣に、エステルがやってきた。さすがに手がつけられなくなり、逃げて来たのだろうか。
「リタアンテナが反応してるんです」
 微笑みとともに紡いだ言葉には、エステルの友達に対する思いがあふれていた。
 ふざけ合うのも一興。
 そう思い直したようだった。

 相変わらず派手なケンカを繰り広げているレイヴンとリタに、とうとうカロルが止めに入る。
「落ち付いて、リタ!!! 僕も回復技使ってるでしょ? 原理は同じだと思うよ!? 何より、アレクセイって治癒術使え無かったじゃない!」
 だから、心臓魔導器は関係ない…そう言いたかったはずのカロルの叫びは、結果的に火に油を注いだだけだった。
「今、何て言った……?」
 低い声はカロルを震え上がらせるに十分な凄みを持っていた。
「ななな……僕は…何も……」
 リタの肩が小刻みに震えている。
「おっさんーーーー!!!! あたしを騙すなんていい度胸じゃない! あたしは、人に利用されたり、騙されたりするのが大ッ嫌いなのよーーー!!!!!!」
「ちょ……! リタっち、それは、それは無いでしょ???」
「エンシェントカタストロフィーーーー!!!!」
「ぎょぇえぇぇえぇーーー!!」
 レイヴンの悲鳴がこだまする。
「あーあ、秘奥義発動してら」
 さっきの戦闘で使ってくれよ、むしろ。
 顔がそう言っていて、エステルは思わずくすっと吹き出した。
「エステルー、レイヴンを回復してあげて!」
「あ、はい! 今、行きます」
 カロルの声に慌てて駈け出す。
「彼女、前よりずっといい顔をしているわね」
 ジュディスがユーリに聞こえるように、つぶやく。
「肩の力が抜けたというのも変だけれど」
「そうだな」
 旅の中で、エステルは辛い目に合っている。それを乗り越えたからこその笑顔なのだろう。
 そして、それは彼女だけではない。
 仲間たちそれぞれが、この旅の中で以前の自分とは違う自分に出会い、より良い方に変わっていけたのではないか……ユーリはそんな気がした。

  

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■参考技……「愛の快針」 レイヴンの愛がこもった矢をカウントに応じた数だけ放ち、味方のHPを回復させる。女性→ラピード→男性の優先順位で回復。なお、カウント100以上で矢が2本、200以上で3本、300以上で4本。かなり使えます!!!!
■参考サブイベント……「憧れの騎士団隊長首席」
※アレクセイは守護氷槍陣で回復してます。

+読まなくてもいい話+
 ギャグのつもりです。
 引っ越し作業に疲れ、ギャグにひたりたくなりました。若干、レイリタ、ユリエス色が強いかも。
 というより、レイリタ色が強い話にしようかと思って書いてたら、最後はユリエスっぽくなりました。アレ?
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2009.09.15.















 

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