エフミドの丘 

 男がたどり着いた時、エフミドの丘は上へ下への大騒ぎだった。
 最近設置されたばかりの結界魔導器は無惨なまでに破壊し尽くされ、残骸が周囲に散乱している。
 騎士たちは走り周り、口々に「竜使い」が出たと叫んでいた。
 男はそれとなく耳をそばだてた。
「ここまで完全に破壊されるとは……。魔道士の要請はどうした」
「今、アスピオに早馬を走らせている。それまではどうしようもできん。専門家でなければわからんだろうしな」
「旅人たちはどうする? 平原の主が出たとかで、ノール港に戻りたがってる者たちもいるが……」
「破壊されているとはいえ、筺体(コンテナ)の一部には金目のものも多い。盗まれでもしたら事だぞ」
「なら、調査が終わるまで一時的に閉鎖しておくか?」
「そうしたいところだが、人数が足りん。応援を頼むしかないな」
 そうした会話を交わしつつも、彼らは常に動きまわり、目撃者の証言をまとめたり、散乱した筺体の破片を集めたりしている。
 男は木陰に身を隠しながら、顎に手を当て思案するように空を見上げた。
「こりゃ、急がないと、獣道を行かにゃならんかな?」
 騎士たちはなおも走り回っている。小隊長クラスの姿はなく、色つきの鎧をまとった騎士たちと下級騎士しかいない。そのせいか統制が取れていないようにも見える。
 男は何事もなかったように木陰からひょいっと現れると、混乱に乗じるように破壊しつくされた魔導器の横を通り抜けようとした。
「おい、待て」
 一人の騎士が男を呼び止めた。
「おまえ、ギルドの人間だな。このような場所で何をしている」
 声には咎めるような響きがある。男はしれっとこたえた。
「えー、何をって一人旅ですけど。ノール港に戻るだけですよ?」
 騎士は男の上から下までじろじろと眺め回した。
 派手な着物にざんばら髪。胡散臭い男だと騎士は思った。ギルドの人間など大抵胡散臭いものだが、へらへらとしているのに、どこか隙のないようにも見え、得体が知れない。
(それに……この顔…どこかで見たような?)
 もやもやとする気持ちを振り払うように騎士は怒鳴った。
「とても旅人には見えん! 怪しい奴め、今すぐ取り調べを…」
「えー、こんなすごい状態になってるのに、俺なんて尋問しても時間の無駄じゃない?」
「何だと!?」
 兜に隠れて見えない顔を真っ赤にして、騎士は憤った。
 確かに男の言うことも一理ある。だが、ギルドに属するようなならずものに言われたとあらば騎士の沽券にかかわる。思わず腰に下げた剣のつかに手をかけた。
「おいおい、どうした」
 別の騎士が現れた。男を尋問していた騎士は緑色の鎧を身にまとっていたが、新たに現れた騎士は橙色の鎧が目にも鮮やかだ。
「何かもめ事でも起こしたのか?」
 橙色の鎧――シュヴァーン隊の騎士に問われ、緑色の鎧の騎士はたじろいだ。目の前の胡散臭い男は、確かに怪しいを通り越した怪しさがあったが、まだ何一つ事件を起こしていなかった。それに気づき、湧きあがった怒りが収束していく。
「いや、いかにも怪しい奴だったからな」
「そんな奴放っておけ。どうせ何も出来はせん」
 シュヴァーン隊の騎士はくだらないとばかりに息を吐いた。
「それより、俺は今から帝都へ報告に向かうが、おまえは何か命令を受けているか?」
「あ……いや……」
 緑色の騎士は歯切れの悪い様子で、剣のつかにかけた手を下ろした。
「何もないなら、飛び散った筺体の回収を手伝ってくれ。アスピオから魔道士が来る前にあらかた揃えておかねばならんからな」
「ああ、分かった」
 緑色の騎士はそそくさと他の騎士たちの元に戻っていった。たしかにこんな胡散臭い男にかまけているヒマはない。結界魔導器が破壊されるという前代未聞の事件が起きたのだ。こちらの方が最優先課題なのは明らかだった。
 騎士の背中が小さくなるのを待ってから、シュヴァーン隊の騎士も男に背を向けた。
「どうぞお通り下さい」
 誰に話しかけたでもなく、まるで独り言のようにつぶやくと、その場からゆっくりと立ち去った。
 男は唇の端を少しだけ上げると、「御苦労さん」とだけ答えた。

 


「全く、ユーリ・ローウェルめ、なんたる奴だ」
 ルブラン小隊長は憤懣(ふんまん)やるかたない様子だった。
「ローウェルだけではないのであ〜る。姫様まで我らに剣を向けたのであ〜る」
「とても戦い辛かったのだ」
 ハルルの街でようやくローウェルに追いつき、逮捕だと意気込んだものの、ローウェルだけではなく、姫様と見ず知らずの少年まで戦闘に参加してきた。さらに犬までもだ。
 三人は必至に戦ったが、劣勢は必至だった。そのあげくに、突如として現れた謎の集団との戦闘である。
 騎士の勤めとは市民を守ること……確かにそのとおりなのだが、おかげでユーリ・ローウェルにはまんまと逃げられてしまった。
「それにしても……あやつら……城に忍び込んだ奴らのようだ」
 解せない様子でルブランは首をかしげた。
 そろいの赤い遮光グラス、黒い服。ギルドの人間だろうが、昼中にうろつく類の輩ではない。
 一瞬、エステリーゼ姫を狙った者たちかとも思ったが、ルブランたちが応戦したにせよ、逃げてゆくローウェルや姫様を追う様子がないことに違和感を覚えた。
「全く何がどうなっているのやら…」
 騎士団が迎えに来たにもかかわらず、城に戻ることに否と答える姫君に、ルブランは一瞬、ローウェルが脅しをかけたのかと思った。そんな見下げた奴ではないという確信はあったのだが、姫君がかたくなに拒否する理由が他に思い到らなかったのだ。
 戦っている最中の姫君の言葉や行動から、どうやら「ローウェルおどし説」は誤りだと気づき、なぜかほっとはしたものの、任務の遂行はいまだ達成されていない状態である。
 シュヴァーン隊長直々に受けた命令を達成できないのは、騎士の誇りに関わる。
「ルブラン小隊長どの、これからどうするのだ?」
「奴らの行き先などさっぱり分からないのであ〜る」
 下級騎士二人の顔が「宿屋で休みたい」と言っている。
「ばっかも〜ん! 逃げられたのなら至急追わねばなら〜ん!聞き込みだ、今すぐ聞き込みを開始しろ」
「はい、なのだ!」
「であ〜る!」
 小隊長に怒鳴られ、下級騎士たちは慌てて駆けだした。
 足元で花びらが舞い踊る。
 ルブランは小高い丘の上を見上げた。巨大な幹、空を覆うように拡がる枝。咲き誇る満開のハルルの花。
「奇跡……か」 
 デイドン砦でも、そしてここでも、彼らは人々を救っている。助けられた人々の口にのぼるのは惜しみのない称賛と感謝。
「騎士の勤めとは、なんとも因果なものだ」
 下級騎士たちばかりに任せられない、ルブランもまた、ハルルの街へと駆け出して行った。


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※読まなくてもいい話※
閑話休題ですね。いつもよりちょっと短め?
おっさんはユーリたちが到着する前にノール港に入ってたと勝手に想像してます。ひととおり諜報活動やってそうだし。
海凶の爪に関しては、騎士がいるのに何でわざわざユーリたちに向かってきたか謎なので、勝手に解釈して捏造しました。すみませんー。
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2010. 5.23.















 

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