アレクセイのこと・男性編   


「珍しいな。おっさんがエステルと口ゲンカするなんて」
「うん。レイヴンがあんな風に言うの初めて聞いたかも」
 ダングレストの宿屋は、いかにもギルド御用達といったやや荒削りな内装が特徴だ。
 この日はここで休憩を取ることになったのだが、部屋で落ち着いたとたん、ユーリとカロルに率直な感想をぶつけられ、レイヴンは渋面になった。エステルの言葉につい反論してしまったが、それが2人には意外だったらしい。
 事の発端は、「人の本質は美しいもの、どんな悪い人にもそれぞれ事情がある」というエステルの言葉だ。
 それをレイヴンは真っ向から否定した。。
 珍しく強い調子で否定する様子に、ユーリもカロルも少なからず驚いたのだった。
 レイヴンは常にふざけてばかりいるが、基本的に自分の意見を押し付けたりはしない。ましてや声を大にして他者の意見を否定することはないに等しい。 どちらかといえば、じっくり話を聞いたあとで、年長者らしい意見を一言、二言述べるか、または、過剰なまでに調子に乗って冗談を口にするかのどちらかだ。
 それがエステルと口論である。
 レイヴンは、ばつが悪そうに頭をぽりぽりとかいた。

「え、いや。まあ、俺もちょっと大人げなかったわ」
 水差しからコップへと水を注ぎ、ユーリは一口飲んだ。ジュディスの口にした「はだか」という言葉に、過剰なまでに反応していたレイヴンだが、あれはもしかしたら、その場を取り繕うためのものだったのかもしれない。
「俺は、おっさんの言いたいことは分かるからな。それだけ、譲れなかったんだろ?」
「譲れないってどういうこと?」
 言葉の意味が分からず、カロルは首をかしげる。
「おっさんには違うとしか思えなかったのさ。エステルのいう性善説がな」
「そういやエステル、ユーリに言ってたよね。どっちの味方なのって」
「で青年は、人それぞれってことでお茶をにごしたと」
 ベッドに腰かけたレイヴンは、頭の後で手を組んだまま、ごろんと横になる。
「え? ユーリ、結局お茶をにごしたの?」

「まぁ…な。性善説を唱えるんなら、俺は………」
 沈黙が落ちた。
 「正義」のためにユーリが選んだ道を、カロルは思いだした。
「じゃ、ユーリとレイヴンはおんなじ考え方なんだね」
 横たわったままのレイヴンが、天井を見つめたまま、一人ごとのようにもらす。
「そーそ。ホントに悪い奴ってのは、どうにもならんもんよ」
 虚空を見つめていた眼差しが一瞬陰る。
「たとえ、死んだとしてもね……」
 レイヴンの横顔を眺め、ユーリを見つめ、カロルは足元に視線を落とした。
「でも、僕、わかんないよ。ラゴウやイエガーやアレクセイのしたことって、僕は許せない。正しいなんてとても思えない。でも、エステルのいうように何か理由があって……たとえば悪いことって知ってて、悪い人に従う場合だってあるでしょ?」
 ユーリはレイヴンを見つめ、レイヴンは目をふせた。2人の間に満ちた重苦しい空気に気づかぬまま、カロルは澄んだ瞳をくもらせた。
「僕、どうしてもイエガーを許せなかった。イエガーのせいでドンはって……。でも、イエガーを倒した時、あの2人……泣いてた……」
 うつむくカロルの両手は、固く握りしめられている。
ユーリは言葉をかけようとしてやめた。
(あれは確かに……キツかったな)
 イエガーの死を見届けるように現れ、涙ともに無言で立ち去った2人の少女。
 釈然としない思いと、苦さを感じたのは、何もカロルだけではない。リタやエステルも同じだろう。
「そりゃ…心から慕ってたみたいだからねぇ。よく……あの場で武器を抜かずに立ち去ったと思うよ」
 恨まれて当然のことをしたのだからと、レイヴンが補足するようにいった。
 倒れたイエガーにとどめを刺すべく、レイヴンは武器を向けた。少しばかりの会話の後、イエガーはまるで全てを悟っていたかのようにその命を終わらせた。
 激しい戦いの後の、静かな最期。
 レイヴンと同じ心臓魔導器を持ち、その力を使い、過剰な負担を体が受け止めきれなかった。
 そう見えた。
 あっけないくらいの死。倒した達成感もなく、苦さだけが残るイエガーとの最後の戦い。
 そして彼の死を見届けた2人の部下、ゴーシュとドロワット。
 糾弾もなく、戦うこともなく、背中を向け引き返した。
 だが彼女たちの目には深い悲しみと、大切な人を殺した者たちへの憎悪があった。
「イエガーが裏で何をしてたか知ってたうえで、あの2人はずっと一緒にいたみたいだった。きっと、2人にとってイエガーってすごく大切な人だったんだって思ったんだ。それに救児院の寄付のこととか……イエガーは確かに悪いこともいっぱいした。でも……誰かを救ってもいたのかもって……」
「少年は後悔しているの?」
 レイヴンに問われ、カロルは大切なかばんをぎゅっとにぎりしめた。
「あの時は……僕たちお互いに命をかけた戦いだったと思う。だからイエガーも危ないの分かってたのに、魔導器を使って力いっぱい戦った……」
 『それ…そんな使い方したら……』
 敵であるというのに、レイヴンはその言葉を口にした。それ以上使っては、命にかかわる……カロルはそれを聞き逃してはいなかった。 レイヴン自身が同じものを埋め込まれているからこそ、その言葉がどれだけの重さを持つのか……それが分からないほどカロルは幼くはなかった。
 だが、逆にいえば、イエガーは自らの命をかけて、戦いにのぞんだことになる。
「僕にはドンの仇を討つって理由があった。イエガーにも、僕たちをやっつけたい理由があった。その結果だから、僕は受けとめようって思うんだ」
 力強い声。しっかりとした意志がその言葉を紡ぎ出している…ユーリにはそう感じられた。
(ついさっき、世界の汚い面はあまり見たくねぇとか言ってたのにな。分かってるじゃねぇか)
「……カロル先生は変わったな。いや、成長したのか」
 つぶやくように言ったユーリの声に揶揄するような響きはない。
「そうだね。ブレイブ・ヴェスペリアの首領(ボス)らしい言葉だね。少年には愚問だったわ」
 ユーリとレイヴンから称賛ともとれる言葉をもらったにもかかわらず、カロルは真剣な面持ちのまま続けた。
「だから迷うんだ。ユーリやレイヴンのいうことが分からないわけじゃないんだ。どうしようもないくらい悪い人っている……でも僕にとって悪い人だったイエガーは、救児院のおばさんにはすごく良い人だった」
 多額の寄付をし、何の見返りも求めないまま救児院を陰から支えていたイエガー。そして、彼を心から慕い、彼の側で働くことを選んだ2人の少女。
 レイヴンはユーリに目をやり、ユーリは小さなため息をもらした。
 大人でも「善」と「悪」の線引きは難しい。むしろ線などというものは明確に引けはしないものだろう。
 それを知った上で、ユーリもレイヴンも自身が全てを背負う覚悟で「判断」をしてきたのだ。
 ユーリは無言のままレイヴンに「何か言え」と目くばせする。レイヴンは鼻の頭をぽりぽりとかいた。
「……悪いことやってる自覚があるから、少しでも罪滅ぼししたいっていう理由もあったのかもね。今となっちゃ分かんないことだけど」
 カロルはまだ悩んでいるようだった。
「イエガーのことだけじゃないよ。アレクセイだってすごく悪い奴だって、僕思ってた。イエガーの何倍も、何十倍も。エステルにあんなにひどいことして、ラゴウやキュモールを裏で操って、たくさんの人を殺して……でも、レイヴン、アレクセイのこと嫌いじゃないでしょ?」
 目を大きく見開いたまま、レイヴンは絶句した。否定の言葉が出てこない。
「えっと、俺は……」
「こりゃ、カロルに一本取られたな、おっさん」
 レイヴンの横たわるベッドにどっかりと腰を下ろし、ユーリはあきらめろと言わんばかりに肩をすくめてみせた。
「聞いてリゃ俺だって分かる。あの野郎のことを『あわれ』だの『最初からクズじゃない』だの……恨み事の一つも出ないとくりゃ…な」
 なおも口を開きかけたレイヴンをユーリは制した。
「別に責めてる訳じゃないぜ?」
 今さら言い訳もないだろ?とその瞳が言っている。
「はぁ……」
 疲れたようにレイヴンはベッドに突っ伏した。
「レイヴンだけじゃない……エステルやフレンもそうだよ」
 顔を伏せたままのレイヴンを若干気遣いながらも、カロルは自分の思いを言葉にせずにはいられなかった。
「だって、エステル、どうしてって言ってた」
 ユーリの表情が一瞬変わったことに、カロルは気づかなかった。
「ザウデのてっぺんでアレクセイに会った時、エステル言ってたよね。あなたほどの人が何でって。アレクセイにあんなにひどい目にあわされたのに……あんなイヤな奴なのに……」
 カロルは顔を上げた。
「フレンも…おんなじようなこと言ってたよ?」
 僕にはそれが分からないんだと、カロルは問いかけるようにユーリとレイヴンを見やった。
 たとえ自分を苦しめた相手とはいえ憎しみを抱いていない……エステルは実際にそうだった。綺麗事で性善説を述べているのではない……だからこそ説得力もある。
 さらに、アレクセイの元を自ら離れたフレンですら、エステル同様、憎しみや怒りよりも「なぜ、どうして」という哀しみともとれる感情の方が大きいように見えた。
 ユーリが答えるより先に、レイヴンが身を起こした。
「いや、嬢ちゃんやフレンちゃんのような人の方が稀なのよ。どこまでもまっすぐで透明な心があるから…ね」
 背中を向けたままのため、彼の顔は見えない。
「けど、だからって性善説が正しいとは、おっさんには思えないのよね」
 よいしょっとベッドから降りたレイヴンの顔には、いつものへらっとした笑いが浮かんでいる。だが、声に含まれるわずかな棘。そして自嘲的ともとれる笑み。
 ユーリはそれに気づいた。
 アレクセイによって、御剣のきざはしで吹き飛ばされ、ケガを治すべく立ち寄ったカプワ・ノールでレイヴンは同じ顔を見せた。「あのお姉ちゃんは?」と問いかけたポリーに「どこかのバカが悪い奴に渡した」と、そう答えた時に。
 一瞬流れた気まずい空気は、ティグルにも伝わってしまった。
 アレクセイの間者として旅を始め、エステルを誘拐し、バクティオン神殿で仲間たちに剣を抜いた。だのに、「性善説」を唱えるエステルは、レイヴンを許した。
 何のわだかまりも感じさせない、まるで何事も無かったかのように、彼女はごく自然にレイヴンを受け入れ、会話し、仲間としてともにザウデに乗り込み、精霊化のため各地を巡り、そして今、タルカロンへと共に行こうとしている。
 ユーリの記憶のどこを辿ってみても、エステルには激しい怒りの感情はあっても、憎しみはない。人を労わり、他者の痛みを我が事のように感じる優しさが彼女の根幹であり原動力なのだ。
 その彼女の心を、アレクセイは汚いやり方で踏みにじった。道具と呼び、彼女を人としてすら扱わなかった。
 ユーリにとってアレクセイは「クズ」だ。それ以外のなにものでもない。
 だが、カロルが何をいわんとしているのか、ユーリにも分かっていた。
 ユーリやカロル、リタやジュディスがアレクセイに抱く感情と、レイヴンやフレン、エステルが彼に抱く感情には、はっきりとした差がある。
 レイヴンはユーリが使っていたコップを借りて、水差しから水を注いだ。のどが渇いた風ではなかった。水を口に含むことで何か気分を変えているような、そんな風にも見える。
 カロルは問うようにレイヴンを見つめた。長い時間、アレクセイの側近中の側近として過ごし、おそらくこの世界の誰よりもアレクセイを知る人物に。
「アレクセイのこと知ってる人ほど何で、どうしてって言ってるように僕には見えたんだ」
「俺は絶対に許せねぇけどな」
 片膝を立て、ユーリはやや強い口調でいった。
「うん。許せないのは僕も一緒だよ」
 まぶしいくらいに澄んだ少年の眼差しと、揺るぎない強い意志が宿った青年の眼差し。
 彼らの横顔を見ながら、レイヴンはふと、自分が微笑しているのに気づいた。
 コップをサイドテーブルに置き、そのまま椅子代わりに腰をかける。
 下町の用心棒きどりの若造……そんな風に部下から報告を受けたこともあった
ユーリ・ローウェル。
 端正な顔立ちから、闘技場ではやさ男などと評する輩もいたが、それは猛獣を猫と評するようなものだ。
 誰にも媚びず屈しない……たとえ惑い折れそうになっても、強固な意志が決して折れない心を作っている。
 自分の判断は間違いではなかったとレイヴンは改めて思った。あの日、あの時、彼に「牢の鍵」を渡さなかったなら、今自分はこうして「生」きていなかったに違いない。
「そうさね、俺も許せない気持ちはカロル少年やユーリと一緒だね」
「あ…ごめんね、レイヴン。僕、レイヴンが違う気持ちっていう意味じゃなかったんだ…」
「何よー少年。もちろん分かってるわよ? きっとみんな許せない気持ちは同じ……だけど何か違和感があるっていうんでしょ?」
 俺やフレンちゃんや、エステル嬢ちゃんの態度を見て。
 カロルは目を丸くした。なんで、僕の言いたいことがちゃんと分かるんだろう。
「レイヴンって時々すごく大人だよね」
「ちょっとぉー!!!何よ少年! おっさんはいつだって渋くて素敵な大人じゃないの」
「自分でおっさんって言ってるくらいだしな」
 ユーリがすかさずつっこんだ。
「青年まで何てこというの!?」 
 レイヴンのいかにも大袈裟な物言いに、カロルは笑った。やや重苦しくなりかけた空気が、ふっと和む。
「まあ、あの人は昔はああじゃなかったからね」
 別人のような静かで落ち着いた声。
 つい今しがた騒いでいたのが嘘のようだとカロルは思った。まとう空気すら違って見える。これはギルドの人間のものではない。むしろ……。
「前にもチラッと言ってたな」
 世界を安寧に導くこと……それを重責だと思えるくらい、まっとうな人間だったはずなのだ、アレクセイは。だが、耐えられず闇に堕ちた。深く知れば、彼を討てない……そう感じ、ユーリはそれ以上、レイヴンから聞くのをやめた。
「んー、ホントに騎士の鏡だったからねぇ、アレクセイは」
 無精髭の生えたあごに手を当て、レイヴンは天井をあおいだ。
「文武両道、清廉潔白。戦っても恐ろしく強いし、頭もキレる。身分も申し分ないのに、実力主義。そのカリスマたるや相当のもんだったからね」
 短い期間ではあるが、騎士団にいたユーリでも、彼のことは耳にしていた。
 堂々としたたたずまい、よく通る威厳のある声。 帝都の牢で、彼が目の前を通り過ぎた時、在籍期間の短かったユーリですら彼だとすぐに分かったほど、騎士の中でアレクセイを知らぬものなどいなかった。
「事実、アレクセイを慕い尊敬する騎士は多かったよ。親衛隊がいい例だわね」
 言葉もその表情も「レイヴン」なのに、まるで違う人がしゃべっているような――カロルが抱いた違和感をユーリも感じているようだった。
「平民出の隊長首席も含めて……だろ?」
 水を向けると、レイヴンはあいまいに笑った。
「…まあ否定出来ないわな。抜擢された身でもあるからねぇ。それに前例のないことだったから、反対意見も多かったみたいで……」
 レイヴンはその先を言わなかった。
 アレクセイはその権力とカリスマでもって、否定的な意見を握りつぶしたのだろう。そうユーリは思った。
 騎士団に居たからユーリも分かっていた。貴族とその門弟に比べ、平民出がどれほど軽んじられているかを。
 しかも10年も前といえば、シュヴァーンはまだ二十代半ばということになる。たとえ人魔戦争の功労者といえど、その若さで抜擢とあらば、口汚く批難を浴びせる者も少なくなかったはずだ。
(城ん中は、おっさんには針のむしろだったみてぇだな。こりゃますます……)
 シュヴァーンを守るために「レイヴン」が生まれたのだとしたら……リタも口にしていた可能性が真実味を帯びてきて、ユーリは軽く首を振った。 
 アレクセイが死んだ今、真意は闇の中だ。
「今まで誰もしなかったことをしたってことは、ホントにすごい人だったんだ」
「色んな意味でだろ? 俺は最初から虫が好かなかったけど、な」
 カロルの素直な感想とユーリのやや斜に構えた意見にレイヴンは少しだけ笑った。
「でもま、結局いろいろ考えすぎちゃったんだろうねぇ。何しろギルドは揉め事ばかり、お城は陰謀ばかり、民は不平ばかり。世の中ちっとも良くならないときた」
「てめぇのやり方が悪いのを他人のせいにするのはどうかと思うぜ?」
「そうね。確かに青年のいうとおりなんだけど……ね」
 あ、まただ……とカロルはレイヴンを凝視した。彼の口元に浮かぶあいまいな困ったような微笑み。そしてまるでアレクセイを庇うかのような言葉。
「どうにもならんもんだから、いつのまにか巨大な力でもって無理矢理ねじ伏せる方が、手っ取り早いと思っちゃったみたいだね。それでザウデに目をつけた…と」
「そんなくだらねぇことのために、どれだけの人間を殺しやがったんだ。あの野郎は」
 吐き捨てるユーリに、感情のない低い声が答えた。
「ユーリが知る以上に、アレクセイは無辜(むこ)の民を殺してきている。何の罪もない、落ち度も無い人々を」
 カロルは身をこわばらせた。淡々とした口調。そして、氷のように冷たい光を湛えた青みがかった緑色の瞳。
 この人が、時に必要以上に感情豊かに振る舞うのは、別の理由もあるのではないか……カロルは耐えきれず口を開いた。
「レイヴン……ホントは悲しいの?」
 彼が視線を落としたのは一瞬だけ。
「いや……」
 小さく首を振り、レイヴンは「レイヴン」の顔でカロルにゆるくほほえんだ。
「アレクセイはとんでもなく悪い奴だったからね。おっさん、保障出来るもん。だから誰かが倒さなきゃならなかったのよ」
 ユーリは自分の左手を見つめた。ザウデの頂上で、ユーリはアレクセイを斬った。だが、それはとどめではなかった。
 巨大な魔核が落ちてくるのを知りながら、重傷を負ったまま、アレクセイはその場に留まった。
 自ら死を望むように。 
 彼の頬に一筋の涙を見たのは、あるいは見間違いだったのか……。
「僕も……アレクセイは倒さなきゃならない相手だって思った。だから、みんなと一緒に戦ったんだ。すごく悪い奴だったし、このままじゃ、ザウデを使ってさらにひどいことをするって。だから後悔はしてないよ。でも……」
 言い淀み、迷いをあらわにしながらも、意を決したようにカロルは続けた。
「レイヴンやフレンが尊敬してた人のままだったら違う結果になってたのかなって思うこともあるんだ」
「もしも……は禁句よ、少年」
 責める声ではない。穏やかな口調は、どこまでも「レイヴン」のものだった。
「……そうだね、レイヴン。……あ、でも、ひとつだけ思うんだ。アレクセイが居て良かったって」
「? 少年の口からそんなセリフが出るなんて、ちょっとおっさん、わけわかんないんだけど」
 レイヴンの顔に戸惑いとわずかな苦さが現れる。
 (当然……そうだよな)
 顔にかかる長い黒髪を無造作に払い、ユーリは立ちあがった。
 レイヴンは知っているのだ。アレクセイがどれだけの罪を重ねてきたかを。知りながらつき従ってきたからこそ、彼の思いは複雑だろう。
 そのレイヴンを、カロルは真っ向から見据えた。
「いいこと、あるよ。だって今、こうしてレイヴンと話せるから」
 ユーリは足を止めた。
 カロルの真摯な眼差しには、もう一点のくもりも無かった。絶対に悩むことのない確かな真実。
 「死んじゃうはずだったレイヴンが、今こうして生きてるのって、僕すごくうれしいもん」
 
沈黙はほんのわずか。
 直後、レイヴンは破顔した。何が笑いどころか見当もつかず、カロルが狐につままれたような顔をしている。
「降参、降参よまったく。ホントに少年ってば、おっさんの予想を超えちゃってるわ」
 うんと一つのびをしてから歩み寄り、カロルの肩を軽く叩く。
「そうね、俺も嬉しいよ。今、こうして『生きて』いることがね」
 レイヴンなのかシュヴァーンなのか、判別できないような不思議な声。だが、そんなことはもう、カロルにはどうでもよくなっていた。レイヴンはレイヴンなのだ。他の誰でもない。
「うんっ!」
 オルニオンでの夜、レイヴンは「生きるということを思い出している途中」だと言っていた。あの時は難しくてよく分からなかったが、今は何となく分かる。
 カロルもつられるように笑顔になった。
「ね、ユーリも嬉しいよね、レイヴンが今ここにいて」
「はあ?」
 突然振られ、ユーリは迷惑そうに片手をひらひらさせた。
 んなこと恥ずかしくて言えるかっつうの、と口の中でぶつぶつ言っている。
「俺に牢の鍵をくれたのは感謝してるけどな」
 いかにもな棒読みである。
「もー、ユーリったらあ! 結局嬉しいんじゃないの」
「そーよ、青年。照れることないでしょ。素直さも大切よー?」
 ユーリは閉口した。なんで2人がかりでそうくるのか。
 どうやってこの場をやり過ごそうかと思ったその時……
「あの……レイヴン……ちょっといいです?」
 ノックの音に続いて、柔らかな声が扉の向こうから届いた。
「エステルだ!」
 カロルがすぐさま扉を開けにいく。
「おっさん、ご指名だぜ?」
「青年じゃなく俺ってのが…おっさん不思議だわ」
 上着を脱いで、ややだらしないかっこうだったせいか、レイヴンは慌てて様子を整え始めた。
「いいじゃねぇの。たぶん、さっきの件だぜ?」
 やや困ったような、それでいてちゃんと言うべきことを決めているそんな風に見えるエステルが、このタイミングでレイヴンに用というのは、ひとつしかない。
「大人げなかったんだろ?」
 レイヴンは再び頭をぽりぽりとかいた。
 扉を開け、2人の様子を遠巻きに見ていたエステルが一歩踏み出す。
「あのレイヴン、さっきは……」
「いやさ、嬢ちゃん、俺も……」
 ややきごちなくやり取りする2人に、ユーリとカロルは顔を見合わせた。
 たとえ考え方や思いが違ったとしても、こうして互いを尊重し合って一緒の道を歩むことだって出来るのだ。
「僕、ブレイブ・ヴェスペリアがどんなギルドになっていったらいいか、迷ったりもしたけど、たぶん、リタのいう気楽にやるっていうのでいいと思う。適当じゃなくて、ね」
 ふっとユーリは笑った。
(まったく、俺もうかうかしてられねーな)
「首領(ボス)の意見に、俺も賛成だぜ?」
 ユーリの差し出した手の平に、カロルはハイタッチした。

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※参考スキット……
※参考サブイベント……「ギルドの仕事8」「イエガーの遺したもの」
※勝手に捏造……シュヴァーンが隊長に抜擢されたのは人魔戦争後!? 数年して首席になった……かも?







+++読まなくてもいい話+++
かなりぐるぐるしました。あんまりぐるぐるしすぎたせいで、最終的にカロルのお話になってました!!!!
アレ?
アレクセイのこととか言いながら、イエガーが出てきたり、どんだけ迷えば気が済むの的ですが、書いてくとあれもこれも書きたくなってしまって、結局こうなりました。うお、精進します……。
ちなみに、サブイベント「ギルドの仕事8」直後のお話です。捏造です。女性編はサブイベントでのやり取りを確認せずに書くという暴挙をおかしましたが、今回は一応、確認してから書きました。
あと、本当はPS3版も加味しようかと思いましたが、女性編が箱版だったので、一応箱版で。フレンは、箱の方だとアレクセイのことけっこう尊敬してたっぽい?かもと思いまして。PS3版ではユーリたちと行動を共にするだけに、アレクセイに「エステリーゼ様やシュヴァーン隊長にしたことを許さない」とか、もう、萌え死にそうなセリフを言ってくれて、でも、その分、冷静にアレクセイのこと見てるような気もしてしまって。ムツカシかったです…。
PS3版ですごく納得したのがパティの加入。アレクセイのことを本当に憎んでる。それがすごく伝わってくるから、ある意味説得力も感じました。うまく言えないんですが、大切な人たちを殺された……それがどれほど重いことかが伝わってきて。
アレクセイ、どんだけひどい奴なんだと、すごく思いました。なのに……あたし、アレクセイ好きだよ? なんでだ…。
 同じ藤島先生キャラデザのテイルズ、アビスやシンフォニアのラスボスって、はっきりとした強い意志の元、迷わずに断行しているんです。有る意味、勇者のような、鋼のような意志。でも、アレクセイって、なんか、人間的な気がして。人間の弱さや汚さやもろさが感じられて……あのザウデの意味を知った時の彼の絶望と涙は……あれは反則だよ……。おっさんじゃないけど、哀れだと思ってしまいました。あと、まったくギャグと縁遠いハズなのに、なんか面白いとこが……アレ?
 すみません、本文よりも蛇足文の方が「アレクセイのこと」になってました。精進します!!!

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2010.01.25.















 

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