騎士団長との密談2 

 
 もう一度、今度は激しく、扉を叩く音がした。
 シュヴァーン隊の詰所内にある隊長室は簡素なつくりだ。城内のほかの部分と違い、石造りの壁がむき出しになっている。とはいえ、何もかもが筒抜けになるほど壁が薄いわけでは、無論ない。

 扉を叩く音に交じって怒声とも、悲鳴ともつかない声が聞こえてくる。
「小隊長殿! シュヴァーン隊長は中で騎士団長閣下とお話中であります。そのような行為は……」
「バッカもーん! このような一大事をすぐにお伝えせずに、どうするのだ!」
 明らかに、外で何かしらもめごとが起こっているようだ。
 アレクセイは苦笑した。
「おまえの言っていたのはこれ…か」
 シュヴァーンは無言のまま小さく頷くと、すっと騎士団長の前に出て、扉を開けた。
 開いたとたん、扉をたたこうと身構えていたルブラン小隊長が前のめりにつんのめった。
「こっ…これはシュヴァーン隊長!」
 慌てて体勢を立て直したルブランを始め、その場に居た親衛隊もシュヴァーン隊も一様に姿勢を正した。
「何の騒ぎだ?」
「はっ! 本日、騎士2人に対する暴行罪及び公務執行妨害罪、さらに、貴族街において住居侵入罪を犯した罪により投獄されていた下町の住人 ユーリ・ローウェルが………」
「報告は簡潔に」
 シュヴァーンの一言でルブランはさらに背筋を伸ばした。
「はっ! 投獄中のユーリ・ローウェルが脱獄をはかり、あろうことかエステリーゼ姫様の護衛の騎士を昏倒させ、現在、姫様とともに城内を逃亡中であるとのことです。すでに我が小隊を始めとして、各隊総出でローウェルの逮捕に全力を注ぎ…」
「上官への報告が第一だったはずだ」
 シュヴァーンの言葉にルブランの隣に居た騎士がびくっと震えた。
 扉を叩くことをやめさせようとしていた騎士だ。
 ルブランは深く頭(こうべ)を垂れた。
「私めが城内捜索を優先した結果、報告がここまで遅れましたこと、大変遺憾であります」
 ユーリが脱獄したことを知ったルブランは、部下を引き連れ、捜索に乗り出した。しかし途中で、上官への報告を怠っていることに気づき、急ぎシュヴァーン隊の詰所へと戻った結果、別の騎士と押し問答になってしまったのだった。
 シュヴァーンの背後から騎士団長が重々しく問うた。
「捜索しても捕まらんとは……エステリーゼ様を人質に取っているというのか?」

「ア…アレクセイ騎士団長閣下」
 ルブラン小隊長にとっては、騎士団長アレクセイから直接言葉をかけられるというのは、とてつもない栄誉であった。
 全身を緊張で強張らせつつも、ルブランは真っすぐ前を向いたまま、毅然とした態度で答えた。
「僭越(せんえつ)ではありますが、私見を申し上げます。ユーリ・ローウェルは女性を人質に取るような輩(やから)ではありません。理由は分かりませんが、姫様自ら、行動をともにされている御様子であります」
「それは確かか?」
 口を開いたのはシュヴァーンの方だった。ルブランは背筋をピンと伸ばしたまま向き直る。
「昏倒した騎士、数名を介抱し尋ねた結果、剣をふるっているのはユーリ・ローウェルでありますが、近くに姫様もいらっしゃったとの報告を受けております。また姫様付きの騎士数名から、姫様がフレン小隊長に直接伝言を伝えるため部屋を飛び出され、追っていた際にユーリ・ローウェルに襲われたとの証言もあります」
 アレクセイはシュヴァーンに一瞥(いちべつ)をくれた。
「手間が省けたようだな、シュヴァーン」
 ルブランは不可解な面持ちで騎士団長を見上げた。 何の手間が省けたのか…?
「失礼いたします!」
 シュヴァーン隊の詰所に、ルブランとは別の小隊の騎士が転がるようにして駆け込んできた。
「ご報告致します! 城内に不審者を発見! 侵入者は複数、みな赤色の射光グラスを目に嵌め、現在、2階東側通路を逃走中。応戦した騎士から死傷者が出ている模様」
 ざわりとその場の空気が揺らいだ。
 動揺を鎮めるように、詰所内に騎士団長の落ち着いた声が響いた。
「親衛隊は、城内の貴族、及び評議員の警護に当たれ。シュヴァーン隊は2班に分かれ、侵入者と脱獄者の捕縛に務めよ。各隊の配分については……シュヴァーン、君にまかせる」
 シュヴァーンが続けた。
「ルブラン小隊はローウェル捜索を続行、それ以外の小隊は侵入者の逮捕に全力を注げ」
 身元も割れており、また、出会った騎士を昏倒させるだけにとどまっている下町の青年と、騎士を殺すほどの手だれである外部からの侵入者では危険の度合いが違う。だが、この配分には別の理由もあった。
「キュモール隊はどういたしましょうか」
 シュヴァーンは騎士団長の判断を仰いだ。
「キュモールはまだ貴族街を巡回中だったな。時間が惜しい。城内のキュモール隊には持ち場を離れず、変わった様子がないか随時報告をさせるのだ」
 騎士たちは敬礼をし、素早く行動に移した。各小隊長は連絡役や追跡役などの役割分担を即座に決定し、それぞれが持ち場に向かい全速力で駈けてゆく。
 30も数えないうちに、詰所の中にはアレクセイとシュヴァーンだけとった。あとは、護衛の親衛隊が数名、扉の付近で城内に何かしら変化はないか、目を光らせているのみだ。
「……シュヴァーンよ、ローウェルは城から抜け出せると思うか?」
「侵入者の追跡に部隊の大半をさいております。必然的にローウェルは警備の手薄なところを選ぶでしょう。それに彼には抜け道の場所も伝えてあります。その意味が分かればの話ですが」
「おまえがよく使っているあの地下用水路か…」
 ふむ…とアレクセイは考えるそぶりを見せた。
「問題はその後だな。ローウェルが城を脱出したとして、エステリーゼ様と行動をともにするか否か…。姫様は騎士の巡礼で最初に訪れる地がハルルの街であることはご存知のはず。あの方の御気性だ。フレンを追ってそこへ向かおうとなさるだろう」
 結界の外がどのような世界であるかも知らずに、愚かなことだ――口には決して出しはしなかったが、アレクセイは心の内で嘲笑った。
 予測にすぎませんがと前置きした上で、シュヴァーンは見解を述べた。
「ローウェルには下町の水道魔導器の魔核(コア)を取り戻すという使命があるようです。彼は、“モルディオが盗んだと思っているらしく、帝都を出て、アスビオに向かう可能性は高いでしょう」
 アレクセイは目を少しばかり細めた。
 リタ・モルディオが帝都に来ることなど決してない。モルディオを騙った者は、それを知っていた。
 下町の住人たちが魔導器の専門家だと信じた人物は、下町の水道魔導器や貴族街の街灯から魔核を盗み出し、すでに帝都から逃亡している。
 アレクセイはそれを知っていた。
「小さな魔導器のためにご苦労なことだな、ローウェル君も」
「彼ら下町の者にとって水道魔導器は、生命線ともいえる重要な魔導器です」
 騎士団長の皮肉に対し、シュヴァーンは淡々した様子で言葉を返した。そこに反論するような強さはなく、あくまでも事実をそのまま述べたような口調だ。
「ローウェル君のお手並み拝見とするか……」
 ヨーデル殿下確保までエステリーゼ様を連れ回してくれればそれにこしたことはなく、万が一、結界の外に出て、姫君が魔物に襲われたとしても、罪はローウェルが被ってくれる。
 皇族に伝わる、ある“力”が傑出しているというエステリーゼ。しかし、所詮はただの小娘。評議会が担ぎ出した道具にすぎぬ。
 今は“宙の戒典”を何としてでも見つけ出し、我が手で封印を解かねばならぬ……。
「私は執務室に戻る。おまえはその間、指揮を取れ」
 一礼するシュヴァーンを背に、アレクセイは詰所を後にした。

 ラゴウに、バルボス、キュモール、そしてフレン……都合のいい人間は色々いるが、ローウェルもまた、事と次第によっては使える素材かもしれぬ。
 愉悦を押し隠し、アレクセイは足早に自室へと向かった。



 


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2009.08.03.




※参考サブイベント……「憧れの騎士団隊長首席」


+++読まなくてもいい話+++

+手薄な警護……ゲーム冒頭、ユーリとエステルが出会ったあと、ルブランがユーリを追う声はよく聞こえましたが、全体的に警備が手薄。ザギの壊した扉を直したり、エステルが着替える時間があったりと、騎士団がわーわー騒いでいる描写がある割には追手の数が極端に少ない気が!? 実は、騎士団はその時、赤目の集団にかかりきり……だったかもしれない……。

+殺さないヴェスペリア……城内で騎士を倒した際、「このまましばらく眠っててくれよ」的なセリフを言うユーリ。アレクセイ亡きあとの城内では、騎士のひとりが「自分はかつて親衛隊に居た。あなた方と戦ったこともありますよ」と言います。エレアルーミン石英林では、魔狩の剣の連中を倒しながら進みますが、グシオスとの戦闘後、クリントが「おまえらいつまで寝てるつもりだ」と言うと、倒れていた魔狩の剣の人々が起き上がる……。
ボス戦においても魔物は別ですが、人間は倒しても死んでない場合、もしくは自殺?の場合が多い気がしました。イエガーにしても、戦闘での傷ももちろんですが、心臓魔導器の力を使いすぎたことも一因の一つかも……。アレクセイはユーリが手を下そうとしたから、その時点では死に到るほどの傷を負っていなかったような?
 ラスボスすら殺さないでいるパーティメンバーは、実は敵を殺してはおらず、ドラ○エのように、やっつけているだけ!?

 今回のヴェスペリアにおいては、全体的にそう感じました。
 だからこそ、ユーリの行いが重く際立ち、プレイヤーに考えさせるのかなあと……。