騎士団長との密談1 

 
 シュヴァーンは上着に袖を通し、慣れた手つきで騎士の鎧を身につけた。
 隊長クラスともなれば、若い騎士が付き従い、身の回りの世話を一手にこなすのが常だ。鎧を身につけることも、隊長自身で行う必要はない。だが、シュヴァーンはこの部屋に入る際、鎧だけ運ぶよう指示した。
 この場には、アレクセイと二人きりでなければならない。
 第三者にこの心臓魔導器を見られては、決してならないのだ……。
「おまえを呼んだのは他でもない。……ヨーデル殿下が拉致された」
 先帝クルノス14世が崩御して5年あまり。現在空位となっている皇帝の座にもっとも近いとされているのが、二人の次期皇帝候補だった。
 一人はエステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン。先帝の遠縁にあたる女性で、騎士団に対抗すべく評議会側が擁立した候補である。
 もう一人は、ヨーデル・アルギロス・ヒュラッセイン。先帝の甥にあたり、騎士団側が擁立した皇帝候補だ。
 騎士団と評議会の確執を考えれば、ヨーデルの拉致という問題は決して穏やかな内容ではない。にもかかわらず、騎士団長の声に焦燥感はあまりなかった。
「今、フレン小隊に捜索させている。表立っては巡礼と称してはいるがな」
 フレン小隊のイメージカラーは青。この色をまとう隊長は現在居ないが、彼が小隊長ながら青色をまとうことを許されたことで、騎士団の中では、近い将来、隊長に昇格するのはフレンだという噂が絶えない。
 まだ若く、真面目で実直な人柄は、頑固で融通がきかないと取る者も居るが、一方で上からの命令に対して反論することも少なく、真摯に取り組む姿勢を好意的にとらえる者もいる。
 「ヨーデル殿下は、花の街ハルルに視察に向かわれた際に、襲われた。護衛の騎士は全員死亡したが、一人だけ今わの際に、ギルド風の男たちに襲われたという証言を残している」
 鈍い黄金色の鎧に身を包んだ隊長首席に、騎士団長アレクセイは問うようなまなざしを向けた。
「ギルドユニオンの方で、何か動きは無かったか?」
 間をおかず、シュヴァーンは口を開いた。
「関係があるかどうかは分かりませんが……カプワ・ノールで紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)の姿を目にしました。首領(ボス)のパルボスも滞在中のようです」
 シュヴァーンが何を言いたいのか、アレクセイには分かりすぎるほど分かった。
 あの街の執政官はラゴウ。エステリーゼを擁立した評議会の一員だ。
「ノール港か……」
 アレクセイの眉間に深い皺が刻まれる。
 ラゴウとバルボスか手を組むだと……? いささか奴らを自由にさせすぎたかもしれぬ……。
「シュヴァーン、おまえにはエステリーゼ様を連れ、帝都からヘリオードあたりまで行ってもらうつもりだったが」
 ヨーデルが拉致されれた時点で、評議会の者が背後に居るだろうとは簡単に予測がついた。
 シュヴァーンの証言により、その予測は今、限りなく断定に近づいている。
 ヨーデルを拉致したのが評議会だとしたならば、彼らが望むのは一つしかない。ヨーデル不在の間に、エステリーゼを正式な皇帝候補に推挙し、一気にことを推し進めてしまうつもりだ。多少荒っぽくはあるが、こう着状態を打開するにはいい刺激にはなる。
 今、エステリーゼが城に居ては、彼らの思うつぼなのだ。
 だからこそ、シュヴァーンは騎士団長の言葉に異を唱えた。
「騎士団が姫君を連れ出したとあれば、評議会が黙ってはいないでしょう。それにあの姫様が理由もなく城を出たがるとは思えません」
「理由はある」
 アレクセイは唇の端を上げた。
「フレンの身に危険が迫っていることを、姫様の耳にそれとなく入れた。あの姫君は言い出したらきかぬし、側仕えの騎士をまるで信用していない。フレンのことを心配し、自身でどうにかしようと思うだろう」
 巡礼と称し、フレンはすでに帝都を出た後だ。それを知れば、城を出てフレンを追うと言いかねない。
「フレンの身に危険とは……事実なのですか?」
「刺客が放たれている。放ったものの見当もついているがな。どうせフレンはここに居ない。それを知れば何もせずに帰るはずだ」
 刺客として放たれたのは海凶の爪(リヴァイアサンのつめ)が雇った者。首領であるイエガーの手の者から報告を受けたアレクセイは、あえて、刺客たちが入りやすいよう警備をゆるめた。
 騒ぎが起こった方が、エステリーゼを連れ出しやすい上、刺客から守るためとの理由も立てられる。
「おまえに、姫様の護衛と監視を務めてもらおうと思ったが……気が変わった。うまくいけば、評議会もうるさく言わぬ」
 アレクセイは声を落とした。
「牢に居た若者……ローウェルとかいったか。おまえが鍵をあえて渡したのは、その者が優れた能力の持ち主だからだな?」
「ただの気まぐれにすぎません」
 アレクセイはシュヴァーンの髪に手を伸ばし、隠れた耳を少しばかりあらわにした。
「昔からのクセだな。おまえは嘘をつく時、耳が動く」
 薄く笑い、手を放した。
「鍵を渡しただけで脱獄出来るとはかぎらぬ。すぐに捕えられ、脱獄の罪が上乗せされるのが関の山だ」
 無言のまま、シュヴァーンは乱れた髪を整えた。
「だが…おまえは、ローウェルならそうならないと考えた」
  騎士団長の言葉に、シュヴァーンは沈黙を答えとした。
「元騎士……それもフレンの同期か。彼らは互いに知っているのか?」
「…ともに下町育ちで、年齢も同じです。旧知の間柄との報告を受けています」
 騎士に石を投げつけたり、川につき落としたりと、ユーリ・ローウェルの悪行は枚挙にいとまがない。下町の警護に当たることの多い、ルブラン小隊の一番の問題の種だった。
「姫様ご執心のフレンとは随分雰囲気は違うが、確か、見目は悪くなかったな。彼は使えるかもしれぬ」
「ローウェルにエステリーゼ様を連れ出せというのですか?」
「おまえが接触しろ。元騎士ならば、隊長の言葉がいかに重いかは知っているはずだ」
 初めてシュヴァーンの顔に表情が浮かんだ。唇の端に微かに浮かぶ歪んだ笑み。
「彼には逆効果でしょう。私の見る限り、地位や権力を畏れる者ではない」
 アレクセイはいぶかしく思った。他者に対し、シュヴァーンがこのような物言いをすることは珍しい。
「むしろ、身分を伏せて近づいた方が得策かと思われます。ただ……」
「ただ、何だ?」
「急がねば、彼はもう行動に移している後かもしれません」
 
そう結んだシュヴァーンの声からは、すでに感情が失われていた。
「行動に…?」
 アレクセイが言い終わらない内に、扉の音を叩く音がした。

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※この話もまた、対になるお話をアップしそうです。
  物語後半、オルニオンでの、ユーリとレイヴンの語らいのSSになるかと。早くアップできるといいな。



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2009.07.31.